
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた、
あたくしなら行くかもしれません。
あなたはどういう気持ちで今の迷いを抱かれたのでしょうか。
あの時の出遭いを感謝と受け留め、相方さんの血縁者に相互の風の便りも
含め、何がしかの情をお持ちであるのでしょうか。
それとも、理解不能だけど、見守ってくれた形への親しみと謝意なので
しょうか。もう居なくなく人への惜別もあるとは想います。
あたくしもまた思ったことを、ほとんどの方が書いてくださったので何も
補足はないのですが、ただ、あなたのこれほど周到な文章でカレシさんの
存在が消されていること、
姉のその後を明日さんが指摘されたように(気持ちだけでも)思いもしな
いのかどうかとも思われたこと、
それと、その20年に、今あなたがわざわざ行こうかと迷うまでに思案する
ほどそのご夫妻は、冒頭に触れたようにあなたにまで暖かな目線で見守っ
てくれた年月だったのでしょうか。そうは書かれていませんが。
弔いの永劫の別れには、
例え一方的な思い続けでも、
見届けたい意思も、何かをこの期に及んでも伝えたい意思も、陰から
見ず知らずでも参列するほど駆け付けたい気持ちは、実は自然です。
死とはそういうものなのです。だからあなたを諌める気はいたしません。
しかし、あなたの意思がどういうものなのか、
あなたのカレシさんがどういう様子なのか、
何を二人で話し、あるいはそうでないものか、
あなたの周到な文面は却って不可解を浮き彫りにしたことをあなたは知る
方がいいでしょう。どの方もそう述べるのが当然のあなたの提示です。
あなたの文面に潜む中に、感謝があるのかどうか、追慕はなにゆえなのか、
「心」なのか「体裁」なのか、あるいは「解って逝って欲しい隠された、
自分でも意識しない欲の無念」なのか、
いったいどういうものなのでしょう。
もしも一筋の感謝であるのであれば、あなたに戸惑わせない工夫をして、
二人して駆け付けて、元気づけるのも善いかもしれません。
あなたたちを「不快と一蹴するほど」無知でも、無教養でも、人心の機微
も無いご夫妻でもないような気がします。
あなたたちのつつましさの、祝儀もきちんとしたまでの常識の心得を夫妻
も何がしか刻んで距離を置いた二十年の月日だったかもしれません。
自分たちもそういう齢になり、思うことも多い、とさりげなく元気づける
温和な探訪は、相手がまだ病床で比較的元気なのであればよいのかもしれ
ません。
幾重にも人間は、まごころと口が、笑顔が大事です。その上での控えめな
慎みに心動かされない喜ばない人間など居ません。
あなたの本意と成し方次第なのです。
戸惑いは勇気で超える。成さぬより成す言葉に人は後で思うもの。
何重もの察知力と勇気で判断されてください。
真理之丞慕情扉 (2011/08/20 Sat 18:49:11) pc *.18.177.128
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