
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
善くも悪くも便利な時代になりましたね。
PCの小窓から様々な人生模様と悲喜交々を観れるのは、人生勉強にはとても
有意味で有難いことです。発信者の努力にも敬服できる。
しかし、あなた、
そろそろ、その悲観の道を断って、外界で人の眼や声を見聞きして、それで
あなたの喜びを見出す道を奮起して探してみましょう。
それには、あなたの理想を、志は持っていても、理想をいったん横に置いて
あなたがまず先に「そうされた」「そう思われた」と被害的な意識に陥らず、
何でもそこそこ、それで上出来だ、これでもよかった、と自分を喜ぶ覚悟の
ようなものが必要です。
あなたの独白や嘆きを読むと、人柄の善良さもはがゆさも思う。
そして、もっと重要なことは、誰だって、そういう気持ちを味わって乗り越
えてやっているのだ、ということです。
(もちろん心の病んで臥せっている人も多いかもしれません。)
でも、元気そうであなたが羨ましいかもしれない人間だって、
誰にでも同じ時間性で、乗り越えようとする気概で生きていることをあなた
はそろそろ自分に鞭打つ気概で「真に受け止める必要」があるのです。
あなたはしょせんこなる、こうなってしまう、という悲観の図式で
希望を無くしているような感じがしますが、張り切って外に出て人と交わる
希望はまだお持ちでしょうか。
どだい自分の思い描く理想にはならないと塞ぎ込むのは、申し訳ありません
があなたがたぶん強情で素直でないからなのです。
あなたは自分ほど誠実で人に優しく向き合えるのにそうなって来た、と主張
されるかもしれません。
でも、自分の思い通りになんてそうそういかないのが世の中の必定なのです。
PCの小窓から愁える諦めを、誰かとの対話とあなたの・まだ何才であっても
成して欲しい(とあたくしは願う)向上心に費やしてみませんか?
何かをしてみる、あぁまたか、と退かずに、それでもポジティヴに人と向き
合う。これをどうか実際にやってみてください。
悲観の思考は、実は、拘り屋さんと強情な頭脳に巣食うことを思います。
世の中、笑っている人ほど恐い。すぐ泣く人ほど強い。優しそうな人ほど実
は手ごわい。さっぱり屋さんほど実は愛は深い。
離れて憂えて観えているものほど、実態は違うことが多いものです。
あなたの憂いは外の壁ばかりみて、内を思わないモノ知らずかもしれません。
あなたを愛してくれる人はきっと居ます。
日々の嘆きで人生を終わって欲しくありません。
そして、平凡をどこかで蔑んでいるあなたも実は居るのです。本当に懸命に
生きている人は、自分を愛しています。認めています。
自分で自分を追い込む苦悩は、実は、あなたがそうさせているのです。
応援しています。元気を出してください。
真理之丞丸四角 (2011/10/29 Sat 02:22:29) pc *.18.177.128
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