
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
沢山のコメントを頂きありがとうございました。
相談室に書き込みをしてから、皆さんの心温まるコメントに励まされ、心無き中傷には悲しくもあり怒りもあり、でした。
そして昨日、手帳を見た日以来の彼との初対面でした。
何も変わりません、今までと。僕からも手帳の話しはしませんでしたし、彼からは勿論話しはありません。
今はこれで良いじゃないかと自分に言い聞かせました。少しもどかしさは残りましたが。
色んな方々から頂いた「偏見」、「してあげる」への意見は何故ここまで言われるのか?なんても思いました。
僕が精神障害者に偏見がないと言ったのは、障害者は身近にいるという意味で言ったんですよね。
実際、自分の職場にろう者、耳が聞こえない障害者がいます。
彼は特別じゃない、皆と同じとは言いません。
実際、彼は特別です。健常者と同じ仕事が出来ませんから。
彼はミーティングの時、発言者の意見が聞き取れません。ですから、健常者は彼の為に発言内容を紙に書いて「あげます」。彼からしてみれば、書いて「もらう」訳です。
電話だってそうですね。障害者の彼に代わってかけて「あげる」、かけて「もらう」。
障害者が出来ない事を健常者が補ってあげる。
このどこに障害者のプライド、健常者の自己満足なんて言葉が出てくるのでしょう?
少なくとも僕の職場には、これを健常者の自己満足なんて思ってる人もいないし障害者の彼だってプライドを捨ててお願いしてるなんてありません。
これは健常者と障害者が共存する上で自然の行いであるだけです。
僕は彼にも同じように考えただけです。精神だろうが身体だろうが、障害者がいるのは当たり前の事。
ただ僕は精神障害者との付き合い方が解らないから戸惑い不安になったまで。
僕の「してあげる」は決して恩着せがましくもなく、自己満足でもない。
この信念は変わりません。
これからも彼の事を一番に考えて共に歩んで行きたいと思います。
ありがとうございました。
ゆう (2012/06/07 Thu 08:28:42) pc *.108.237.137 メールを送る
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