
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
周囲の状況が自分の針路の停滞を浮き彫りにすることは在りますね。
あなたのその思いはある意味自然なものです。
身内の弟も身をかためてあなたが暗黙にも浮き彫りになる事実。
同僚の吉報が自分をはからずも引き立たせてしまう目線の槍など、
自分がいくら強がって自分がいくらプラス志向であっても、それらはあなた
が哀しむだけの状況を生むものでしょう。
どんなに仲の良い人が居て、どんなに有意義を行く日常が在ったとしても、
あなたに向けられる目線や思いは勝手に一人歩きするものです。
押し黙っている周囲を感じるな、と言う方がおかしいかもしれません。
しかし、あなたに言いましょう。
自分はこの道を行くしかないのだという覚悟が要ります。
その覚悟の達観の中で、あなたの充実を探さなければいけないし、周囲に
どう思われようが「どういう攻撃もかわしていける」あなたの心の準備、
見せ方の準備、そして、黙らせる言葉をあなたは持っていなければいけま
せん。
無防備に何もなく流されていることが悲哀の打ちひしがれとなるのです。
そう、鎧兜のような虚勢は決して要らないまでも、
あなたは強がりではなく、自分の道は自分でこれでいいのだ、気の毒がって
くれも、悲しみ憐れむこともあって欲しくない、変わり者かどうか、
それは勝手な価値の押し付けであって、自分で覚悟の下に行っている
自分には失礼なまである、ということを暗にでも諭すまでのあなたである
ことがどうしても必要です。
黙る、ということは、それで十分善いし、何よりも強い場合も多いけれど、
黙ることは相手に勝手に勝ち誇った優位を独走させることもありますね。
そうはさせない封じるまでの淡々とした目つきも、往なすまでの圧し方も
あなたには必要なのです。
それが虚勢でしかないほどあなたには不自然なのであれば、
あなたが真にそうできるまでのあなたなりの充足を求めることが必要だ。
それはカレシの存在なのか、(こっちの)友人なのか、飲み友達なのか、
趣味仲間なのか、あなたが何をも行動していない、発信せず、周囲に同化
だけして流されていることの代償が、今のあなたの悲しみを生んでいるの
かもしれません。
そうしたことに賭ける気力も時間もなかなか捻出できないかもしれません。
しかし、悲しんで終わる人生は自分の囲い込みと間違った安住の結果でも
あるのです。
自分がどこか突き抜ける強さと自分を可愛がる「認め」は必要です。
よくやったぜ俺、と思い、例えばあの人にかけてみる、そういう自己推進に
乗り出さないと悲観をまとうだけになるのです。
悲観に酔うとも言い換えられる。
あなたの笑顔はどこにあるのか、あなたを笑顔にする道がきっとあることを
祈っております。比較は自然なものです。しかし、比較しても自分を肯定
できる覚悟があなたにはまだ無いということなのです。
真理之丞あなた (2012/06/18 Mon 05:00:34) pc *.198.54.171
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