
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた、本当に本当に、夜叉の鬼のように睨むのですか?
それって、あなたの心のあなたの思う度合いであって、
本当は演技で来ているのではないかと思ったりしました。
だって、怒り顔や睨みは関係ない人でもそうだと判るし、ましてやいつもの
面々であなたの記述のような感じでは、あなたがそこに居られないほど
酷い状態ということです。
要はあなたの心の尺度の問題ですね。
豆お姉さんのアドヴァイスいつも心に響きますね。
食べ物は真実かもしれません。いいえ、食べ物がそうであるあなたの環境と
境遇まで御姉様は示唆なさったのでしょう。
ところで、
他者の幸せを讃えられないことと、
自分が喜べないこととは違うのです。
あなたは自分を比較して悲観でやるせないから憎むのではなく、
自分で自分が体現できないこと、やらないこと、できないこと、活かされな
いことを止まって(止まったまま)観ている・見える・聞こえるから、
自分に悲しみ腹を立てているということですよ。
あなたは自分を善処したいと思いはしても、しないので、そんな風なのです。
そして、「できない」のではなく、「しない」あなた。
休日にマシなのは、あなた自体は何も変わらず止まっているけれど、
目に動いているものを見ないから、自分の意識が、嫌悪に苛まれる気持ちが
起らないからであって、あなたはそのままの悲しさの人のまま、ということ。
人間は自分が進んで走っている時は他の非を責める余裕もなく、
自分が進んだことを安堵して「自分の次=今後」をまた行動するのに考える。
しかし、止まっている人=だから恋も無い人間は、自分の明日を10分先を
思わずに、周囲ばかり眼に留まり、耳に入る。
そういう訳で、あなたは進みなさい。なさりなさい。遂げなさい。
いいですね。そうしたら、意欲が他人を赦させるのです。
真理之丞夜叉涕 (2012/07/10 Tue 20:50:31) pc *.198.54.171
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