
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
右へ倣へっ!
整列っ!”
っと、小学生時代から行列の乱れのない美学を学ばされたのは、
実は規律も大事だけど、同じようにする協調精神と称して、異端となられる
のを嫌う学校教育の弊害だったかもしれません。
あいつはあいつ、とてもちゃんとしている、しかし、同じようにしていない。
こういう学び・自律心による誠実を日本でも目指す必要があるのです。
あなたはあなたの自然を歩むのでよく、下手な自負は要らないまでも、
「自分を受け容れて肯定する自信」は必要です。自信と自負は違う。
「彼(あなた)」は彼の性の自然に従った。誰かは右に倣えの身の固めで
決意した。それぞれの結果、性の必然で誰かは子どもが誕生しパパとなる。
しかし、片や、自然を採り、それとは違う結果になる道も在る。
その道を、右に倣う者の、或いは自然だった結果の者の境遇を観て、見劣り
や寂しさと悲観するのは、あなたが右一色しか思えない無知だからです。
最大公約数が喜べる人生を、誰もが実現し得ることはない。否、できない。
その日常の性が喜びで無い自分が、どうして無理に右を理想図にして罪人の
ように嘆かなければいけないのでしょうか。寂しさとそれを混同する勿れ。
あなたはあなた。
あなたにしかできない時間の過ごし方、人との接し方、自己実現への意欲。
それらで善しとし、穏やかな心を持つまでに自分を理解しなければいけま
せん。そして、もしも見下す周囲が居るとしたら、それはあなたの自棄てが
どこかで以心伝心しているからなのです。恥かしく見せているのはあなた。
あなたに「自分を魅させる信念」が無い限り、「喜べる意識」が無い限り、
自分が「惨めなあなた」を演出してしまう。
子どもは寶だけれどもあなたの人生の寶は別に在る。いいえ有るようにする
心意気がどうしても要るでしょう。
あなたが生き甲斐にできるほどのものに頑張っていない今こそが、あなたの
悲観を湧かせているのです。
子どもは傍目にはすぐに育って行き、親を離れて大人に成って行く。子ども
時代の親子の断面は一過性の絵姿なのであり、人生の違うシーンであなたが
できる他者との関わりをあなたは喜ぶ心を持たねばなりません。
「成れなかった自分」なのではなく、「為さなかった選択」を自分が尊重し
ないで誰があなたを眩しく見ることなどできましょう…。
あなたの自己否定を、ゲイ全員の嘆きに置き換えて憂えるのは禁止です。
真理之丞右半影 (2012/08/09 Thu 20:00:22) pc *.198.54.171
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