
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた、
心療内科に通っても無駄です。
目先のフラフラを恥じなさい。
なぜなら、あなたは何も悪くない。
高潔なうちなのだとあたくしには解る。
あなた、
自分で壁を立てていること、
その壁は立てざるを得なかったあなたの善良の垣根。
その壁を情けなく思う必要はありません。
壁は考えた人が自分を守るために必要だったもの。
そして孤独はあなたがまともであるしるし。
あたくしはあなたの拒絶はそれでいいのだと思うのですよ。
これは本気で書いています。こんなことを言う人が居ることをあなたは
知っててください。あなたは間違っていなかったけれど、そのままでも
いけなかった。このことを考える示唆をしてくださる理解者が必要です。
そして、その理解者は、同じ痛みを抱いた人の中に居るし、
あなた以外にあなた以上に苦しんだ人も居ることも思ってみてください。
ゲイの中にあなたの心を鷲掴みにしてあなたにくらいついて離れない人が
居る可能性が高いことに、あなたは一縷の望みを持ってみてください。
そして、その人が友人になり、恋人になり、
そして、もしもそのどちらにもならなかったとしても、
あなたを解る人が居たことは事実だと思って欲しい。
あなた、そのままではいけなかったと書きました。
この意味は、善良な誠実なあなたが喜んで笑顔にならなくてどうしてその
ままでよい筈があろうか、否、あなたこそが嬉しい気持ちを味わわなくて
どうするのか、あなたこそが資格が有る、という意味です。
でも、今のままではあなたは変わることがないでしょう。
それは、その壁を嘆きの壁だけに終わらせない挑戦が要るからなのです。
その壁を自分で考え直し、壊す努力をあなたはしていない。
そのためには、人間の弱さというもの、矮小な心というものを知って、
誰をも認めて自分だけの定規で量らないあなたの勇気が必要になるのです。
あなたを傷付けた人間は弱さを攻撃に変えた小さな人なのです。
自分以外を認めることを怖がった人なのです。
その人たちはそうとしかできなかった。
あなたは赦さずとも解る必要がある。
そして、他人を解らせるには、あなたが倒れても立ち上がり、あなたが涙
を拭き、あなたが笑顔で自分に響く人を探すところに可能性の隙間ができ
ることを知りましょう。
蓋をして見ない卑屈と拒否は、あなたが彼らの卑小を超えられなかった証。
あなたは自分への無理解者を超えるあなたにならねばいけません。
そして、あなたならできる。
本当に強い人は、悲しみを超えた人。
そういう人の愛を探してください。そして、どこまでも自分を信じて良い
ことをあたくしが保証しましょう。
あなたの人生はあなたが思い直して誰をも超える勇気から再び始まる。
どうか自分を抑えないで元気を出して、小さな発見を喜んで歩んで下さい。
涙は勇気という陽を浴びて光る。
渇いた目にそれはないのです。泣いてしまった時間を喜びなさい。
いいですね。
http://youtu.be/ipUzLjzjrvk
真理之丞光る涙 (2012/08/18 Sat 03:00:26) pc *.198.54.171
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