
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた、
特別困らせた悪ガキや何か印象的な忘れ得ぬシーンや行事、ほか、父兄
共々一歩入り込んだ絆のできたような場合で無い限り、
あなたの性の眼による訪問は辞めなさい。
よほど、何か会うだけのことが無い限り、その謝意や懐かしさはあなたの
心の扉の向こうで儚く薄めるのが一番良いでしょう。
その先生でなければいけない、あなたの老け專の対象でもありますまい。
先生は教え子の成長はもちろん嬉しいし眩しい。
そして、感慨深く、教師冥利に尽きる。
でも、特段記憶に無くなって忘れ去ってしまっている(可能性も実際には
在る)者が、突然懐かしみの押し売りに来ても、
もう先生は違う次元を生きている場合も無きにしもあらずです。
何か大勢のクラスメートの同窓会やその後の二次会でならまだ解る。
しかし、個人が何を理由や願望を秘めてか、突然会おうとしても、もう
大人の眼で100%純粋な心・感動にはならない可能性も半分は有るでしょう。
先生と生徒はどこか一回性の縁のドラマでもあるのです。
大学の恩師やずっと習い続けた何かの専門の先生なら良いのかもしれない。
しかし、職業としての先生の顔もどこかにはあって、
その先生は送り出せば責務を一応は果たせて済んだ生徒でもありましょう。
懐かしく思い出して本当に何かを報告したい、とか、
そういう場合であるならまだしも、
その先生とのあの時代に感じた温もりに縋り、今は性の蠱惑的な眼差しで
エッチの眼で呼び寄せられても、先生は、どこかでもう一人の男として
何かの違和感をあなたに感じるであろうと思うのです。
あなたのエッチ先は違う人でありなさい。
あなたの問題は、勝手な空想で自分の好都合な自分に向けられる包容力に
縋りたいだけの過去への依存なのです。
それよりも、あなたの新しい開拓力であなたの見出す人生の中の恋を探す
事の方が大事です。過去の知っている温もりを思い出して固執するのは実
は弱さのすり替えです。
先生に何を期待しているのか、本当の懐かしさであれば会うのは良い。
しかし、あなたの性のもどかしさの矛先にするのはいけません。
真理之丞縋り絲 (2012/08/21 Tue 21:48:48) pc *.198.54.171
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