
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
最初の四五行とその後の記述した心模様がズレているのは、
あなたが最初のように思いたい期待なのでしょうね。
暴力や辱められてもくっついてその場から去らないとか、
被害者然に泣き叫んで抵抗しながらも彼(のエッチ)にまた惑わされて
元の木阿弥、そしてまた尽くす女、という絵図ともどこか違うあなたです。
あなたの状況は、実は「尽くす」ということにはなっていません。
それで済ませる安易に流れているだけのこと、
金を繋ぎ止める惰性の鎖にしているだけのこと、なのです。
あなたは冒頭で、好き同士、と書いていますが、
それはそもそも出遭った時の根本的な好み感情の(当初の)ことであって、
今はそれもほぼ消失している惰性なのだ、と、亜卓志はみました。
あなたは惰性で金を振る。
彼は憮然と思いながらもなつく犬を無碍にせずそれに平気。
そして二人の時間をただただ捌けさせている関係性であり、
ハッキリ言って、それは恋愛にみせかけている嘘の時間というです。
あなた、
人間はどうしたら一番心底嬉しいのかを教えましょう。
それは、自分で自分が成せた時に心底嬉しいのです。達成とも言う。
ですから、助けられた形でホッと安堵はあったり感謝を向けても、それらは
当座の安心感なのであって、本当に嬉しい愛したい愛には結びつかない。
自分のためをこんなに思ってくれているという感謝は、かけがえのない絆の
愛とも成り得るが、愛したい気力は特に金を注がれた時ではなく、自分が
自分を叶えららて嬉しい時に湧くものなのです。
人に怒涛のように向ける捧げる感情は、そのうち重い足枷に代わって喘ぎを
生むのであって、あなたは彼の勇気を鼓舞するような会話の相手に成ること
こそが先に必要なのです。
とは申せ、一歩外に出れば金の要る毎日…。
そんな中で勇気づけより先に金は迫り来る。だからあなたが金を出してしま
わざるを得ない毎回は想像に難くない。しかし、
あなたが居て(くれて)刹那的に(毎回)助かることよりも嫌われる覚悟で
本気で彼に足らない部分を怒ったり、金の場面を無くして去る逢い方という
計算までして、性の喜びと引き換えの金の出汁など使わない覚悟を持たない
と、本当にあなたは彼に愛されることはないでしょう。
亜卓志は今ならまだまだ修復はできる気がします。
しかし、彼が金の切れ目を縁の終結とする時は、それだけの器量の男10歳上
のあなたには足らない男です。
金と愛は永遠のテーマ。有る方が出すというのは依存心の無い場合の美学で
あって、それを繰り返させないのは金の出し易い人間に慎みとして課される
熟慮なのです。
本当の彼の愛は、去られた後の真の後悔の中にしかないのかもしれません。
真理之丞恩之枷 (2012/11/17 Sat 23:38:07) pc *.198.54.171
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