
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた
あなたの苦しみはすみませんがあなたが撒いていることに等しいと亜卓志に
言われたらあなたは憤慨しますか。
いいえ、憤慨はしないかもしれませんが、仕方ない・そうなってしまうのだ
と言うかもしれません。
しかし、非常に申し訳なく思うけれど、言わせていただくと、
あなたのような人は、不可解転じて見放される類の人であろう、ということ
です。そして、それはまさに残念なことです。
あなたが誠実で優しいのにそうなってしまうのは、
あなたの言動と心がやっぱり乖離しているか、自分を本心でなく誤魔化して
善良を演じているからです。(悪い心なのに善く見せているということでは
なく、自分を超えて過剰に善意を気軽に出して後悔するという感じです)
善良は必要です。しかし、社会の中、組織では、善良だけでは済まないし、
もっと言えば、譲るより自分を出して述べて主張できる方が懇篤は図れるの
です。本当の尊重や絆はあなたが真に理解されなければ築けない。
それなのに、あなたはある意味、自分に責任を持ち最後まで献身をまっとう
する気がないのに、一見して善意を捧げる第一印象を向け、そして実の心の
声に基づき、次には相手を拒否る、という図式の行動をする。
そういう人は、矛盾してよく解らない不可解な人、という烙印になる。
その不可解はある時、誰かの違和感を超えた憤りに結びつき、あなたは一見
優しい顔と声を最初は向ける人なのに、攻撃されたり、距離を置かれ、攻撃
もされてしまう、ということなのではないでしょうか。
自分を出すようにして、これはこうできるし・するけれど、それはできない、
或いはこうしたらどうなのか、これは自分の領分で自分の仕事であり・それ
は相手の領分で相手が果たすべきもので触らない、等々、
そういう線引きを持ち、優しさの演技にかこつけて、結局、そぶりの嘘八百
を向けないような「判断力」が最初から要ると思われる。
そして、あなたのもう一つの決定的な問題は、
他者観までいつも思い過ぎて自己陶酔の傾向が有ることです。
自己陶酔は(職場における)自分の独り善がりと同義。
あなたは誰かはこうで、あの人はこう自分を捉えてて、と他者の感想をいつ
も影のように上乗せして想像する癖がある。相手がどう思うかを考えて相手
に接することの重要性と、相手があなたを評価しどういう感想を持っている
かという他者観=他者の心模様を詮索することを混同してはいけません。
そこまでは思う必要がなく、あなたは結局、ナルシシズムの気が有るのです。
ナルシシズムと言えば、他人様はどうでもいい、という感興と誤解されがち
ですが、あなたは自分への好意を四六時中気にしていて、
それは「自分可愛さ」を見据えたものであり、あなたが人に肯定されたい・
自信の無さからくる自己防衛の、広義のナルシシズムということです。
自分を防衛するための優しさをあたくしは先に1)自己を誤魔化す、という
書き方で書いたのです。
ありのままでいいし、できることとできないことを判断できなければいけま
せん。そしてできないこと、というよりも、すべきでないことの判断をして、
親切にかこつけた自分誤魔化しを向けることの間違いにも気づきましょう。
あなたは怯えて誤魔化しているのです。
あなたはあなたでいい。あれだけ思い遣りに満ちた素敵な回答をできるあな
たなのです。自信を持ってください。そして、何をどうできなくてもいいの
です。恥ずかしいことなどありません。
あなたが自己を恥じずに力を抜くことを、力みを無くせと説いた人はまさに
あなたをよく観ている図星を述べた人です。
あたくしはありのままのあなたを愛したい気がしました。
苦しまなくていいのです。他人の心に動じないあなたたれ。
真理之丞あなた2 (2012/11/24 Sat 12:39:16) pc *.198.54.171
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