
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
愛とは尊敬ではありません。
愛とはイマジネーション力です。洞察とも言える。
相手がどうしてそうなったかを洞察できる人が愛のある人です。
結果主義で、結果はもちろん大事ですが、
世の中には成功だけが有る訳ではありません。
失敗した人もそれを非難や指摘だけするのではなく、どう包めるのか、
それが(慰めではなく)愛なのです。
その人のプロセスを洞察できる心が愛を湧かせられる、すなわち、
経験知とともにイマジネーション力に富んだ人が愛を生むのです。
同性関係で劣等感に苛まれたり、卑屈になる人は、
反対に、結果に縛られている結果主義のままの人なのです。
どうせ、しょせん、と落ち込んで相手に嫉妬して怒ることもある。
愛とは結果ではなくプロセスを見る人心とも言えるのです。
人の環境も能力も千差万別です。
誰もが理想や最短を施行できることはありません。
その人のありのままを善しとして、その人を自分で改心や努力に向かわせる
ことのできる待てる心の持ち主が愛の人なのです。
生きている甲斐を誰もが感じることのできる心を紡げる人が愛の人。
利潤を診る社会の中では無能力を叱責してもいい。
それでなければ明日は食えないし維持できないのですから。
しかし、ひとたび家庭に入れば、相手の無様や相手の落ち度を
笑って許して包めるか。
それが愛なのです。
優劣で他人を観るのではなく、誠実と純粋で他人を観ましょう。
愛の有る人はプロセスをみて、理由を探し出せて、赦せる人なのです。
だから、どうしてそうなのかと考え、どうしてそうなったのかと問う
人が愛の有る上司であり隣人です。
このことは押し黙って相手を迷路に陥れ、思考停止に追い込む人とは対極
にある。
彼がそうである理由を考えられる懐の人が愛の有るカレシです。
真理之丞凌霄愛 (2012/12/28 Fri 03:44:54) pc *.198.54.171
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