
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
いわゆる青春期に、抑圧に似た感情で自分を塞いで歩んだ者は、
慎みの美学や相手の心証を思うがゆえに、遠慮して思いあぐねる思考経路
ができてしまう場合があり、
自分を誰かに委ねる/自分が甘えても平気/自分が中途半端でそのままで
誰かに自分を向けていいのだ/というようなある種の「厚かましさ」で
生きられなくなってしまうことがあります。
厚かましいと書けば語弊が大きいかもしれませんが、
自分をそのままぶつけることを怖がってしまい、構えてしまうというよう
な意味です。バリアを張るとも言えるけれど、そういう隠れる姿の意味と
は少し違う意味です。変に畏まるというような意味合いなのです。
こういう場合、恋愛はうまくできません。
自分のあるがままを他人に露呈することに恐怖を抱くと言い換えることも
できる。
誰かからの踏込みをどこかで怖れていて自分を全部見せられない事になり
がちなのです。それすなわち、他人の侵入を避けるし、他人の好意を特別
な自分と二人だけのものとして温める継続もできないのです。
温める継続とは、先に繋げる努力に無意味を感じてしまう、というような
意味です。だから、あなたは先に繋げる努力に魅力を感じないまでに自分
を解放できない人に育った、ということです。
あなたのイケるとかタイプ、というのは、好感度が高い、ということで
あって、愛しているとは確かに言えなさそうです。
自分だけを特別に思って欲しいとか、相手だけを自分が特別に思うという
意識は、ある意味で、エゴイズムな訳で、そこまでの要求をあなたは持た
ないのだということなのです。
たぶん、あなたは自分と相手だけの世界をどういう場合でもあまり考えず、
全体、つまり、二者を他者的に観て、自己本位でモノを考えない自分への
慎み(=消極性ともいえる)ともいえる制御が働いている。
誰かに対して、踏み込まなくなってしまっている。
そしてその原因は、おそらく、実は思春期における自己防衛と本当の自分
の素性の封印があったのです。
善悪や正義、善良というものをあなたは捨てましょう。
そして、自分も特別な誰かに入り込んでいいのだし、来てくれる人に自分
のワガママを訴えてもいいのです。あなたの自己本位は、特別な誰かには
許されるのです。恋愛とはそういう実態なのです。
防衛というのは、来る者を拒むもので、自分からも積極性を避けて無難に
過ごそうと言う、自分への諦めや停滞と同義です。
あなたは自他に白けていないか、白けるのは昔抱いた防衛の残滓であると
言われればどう思うか、
あたくしの上記の抽象的な言葉を一度考えてみてください。
真理之丞残滓檻 (2013/01/28 Mon 00:13:11) pc *.198.54.171
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