
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
彼を信じるという美学は気休めです。
むろん信じることは美しい。どういう彼の言動も肯定することは容易い。
しかし、恋の道にはかけひきや探り合い、挑戦状というものがどうしても
必要な面もあるのです。長年連れ添った策士も無意味な時間の連続の時に
までそういう変化球を投げるのは(確かに)無意味で滑稽かもしれませんが、
恋人同士の時間性の中では、どういう誠実の人の、どういう善良の絆の中
であっても、恋仲のメリハリの一環として、真意を質すカマかけの操作と
いうものをしてもいい場合があるのです。
その意味で、
あなたは彼への不信感に大人し過ぎる。
恋人が恋人足るには、少々の・多少の無理を要求してみても許されるので
あり、あなたは出張尽くしの彼に意地悪な難題を出してもいいほど、
その彼の不思議な面は否めない。
そういうセレモニー騒動は好きじゃないとか、お祭りで騒ぐ年でもない
とか、そういう自分本位な主義主張は、相手を落胆させる現実においては、
ある種の罪も同然です。
あなただって、いつもいつもそういうイヴェントを欲して浮かれたい訳
でもないのです。彼のそうした行動こそは、究明されてどういうことなの
か探っても、それは善いのです。
あたくしが思うのは、
不可解を黙って敷いて当然顔、というのは恋人たる資格はありません。
その彼の疑念は晴らされるべきものでしょう。
暦や世間の商業主義に踊らされることを決して奨めませんが、
その彼は限りなくグレーなカレシさんなのであって、あなたが相談で上手く
行っているなどとは書くべきではない人です。
善意に解し、誠意を信じ、疑うは罪とするならば、
そうした疑念を先に与えないだけの人で在らねばなりません。
あなたは自分誤魔化しの典型人です。
二人の仲を再検討なさい。
真理之丞験し彼 (2013/02/05 Tue 01:36:09) pc *.198.54.171
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