
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
人付き合いで誰とでも仲良くしたり、万人に向けて優しくする必要はありま
せん。あなたの好きである対象とそうでない対象で内心の温度差や対応度が
違っていてもよろしい。公平に囚われることは、むしろ不自然なのです。
しかし、その他大勢や他者も交じっていて、
好きなタイプとそうでないタイプと両方がいる場合、
あなたのテンションの差は誰にも判るような言動であってはなりません。
公的にはそういう意識を露見させるのはタブーなのが社会なのです。
これは、簡単なようで実に難しいこと。
人間はどうしても、顔や態度(行為)に出てしまうからです。
あなたがまるで悟られずに、まるで穏便に対人における平等をこなせる時、
あなたははじめて心の自由が許されるのです。
そして、その時、とても重要なことが在る。
それは、あなたが好みでないということと、他者の価値はまるで無関係なの
であり、あなたの好意はあくまでも自分にのみ通用するということ。
この話の上で、無理をしないあなたが正直な結果、友人が皆無になって行く
のは仕方ありません。あなたが好き嫌いの判断軸で反応する限り、あなたの
嫌いな相手は、いずれあなたから去ってしまうのは当たり前なのです。
あなたからの好意の窺えない人間があなたに向かって来る筈もありません。
そして、もっと重要なことは、「表面美」という基準からして、
人間は不完全な生命体なのであり、その意味合いを広げて、
あなたの好きな感覚に合う人も非常に少ない可能性が出てきます。
とすると、あなたの好みに適う人間はそうそう居なくなることは、十分あり
得るのです。
この話の逆説から、
あなたが友人や多くの交際を望む場合は、自分を改めなければいけません。
誰をも尊重する対応、それが多くの人の注目と親愛を得る資格です。
欲しければ考えを改めること。
好き嫌いで歩むのであれば、それでよしと諦める。孤独は我儘の代償です。
そして、不完全性や多様性に対して受け容れることで人生の幅が広がること
に思いを馳せてみましょう。受け容れる方が実は気分が良いものなのです。
真理之丞厭世家 (2013/02/11 Mon 22:24:32) pc *.198.54.171
この回答が参考になった: 1人 (携帯からのみ評価可)