
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
しんさんの心の傷にどうした答えが有効か、それはなかなか難しいと思う
のです。なぜなら、孤独や疎外感、信頼、和合、というのは、
人間の生きる言動の中核に在り、本質的な意味や実態に関係するものなの
で、そこを思い、辛く感じ、躓いている人には、気休めの弁はそぐわない
と思うからです。
先ず、あたくしが思うことは、
「誰もが孤独なのである」ということです。
ですので、孤独と嘆くのは、すみませんが、わざわざ自分で自分の血を
出させて・痛みを作って痛い痛いというようなことであり、
孤独と嘆くのは少し間違いもある、ということです。誰も居ない自分で
あるならば、誰も居ないだけの理由が必ず在るでしょう。その理由を知る
ならば、反対に、それを変えれば、どうにでもなるのが孤独の表面です。
それよりも、人とどのようにして関わって行くか。
それがしんさんの命題ですね。
あたくしが思うには、
相手の出方によって自分を変えることは自分を騙すこと。ということと、
だからと言って自分本位で貫き通すと違和感を持たれ、四面楚歌になると
いうこと。どっちに転んでもダメなのだということです。
この両天秤をどうするか、と問われれば、ゆらゆらどっちつかずに揺らす
というのは正解ではないのです。
実は、人間関係では、「自分を失わず自分を持つ」接し方が大事なのです
が、それは自分を保つことを内面で尽くせばいいものであり、対人的には
相手の言うことを聴き・許容して、相手の立場で考えてみて話す、という
ことが重要であるのです。
つまり、相手に合わせることが(上辺だけでなく相手の身で考えてみて話
せるという意味です)人付き合いの要諦なのです。
そして、自分の気持ちを尽くした会話は、相手の身で考えてみることで、
知らない世界を知り、広げ、自分を実は豊かにできることと思うべきであり、
時間の無駄とするのは間違いです。
そこに誠意を乗せて、できるだけのことをする。
こうした接し方で生きて行くのがたぶん円滑な道になります。
しかし、重要なのはここからで、
それをした上で、相手に期待してはいけないのです。自分の思い描く幸福
の代償に誠実を届けてはいけない、という事です。
裏切った人間は放置でいいのです。あなたはあなた。
成せる己の誠実に生き、背反に泣かず。為した行動自体に意味がある。
そして、その中での喜怒哀楽を懼れずに自分に素直であればいい。
他人の出方や他人の態度の結果で自分を悔いる、ある種の損得勘定がしん
さんを悲しませている様な気がします。
しんさんには自分の思いに囚われた我欲が強い隠された面が有るのです。
しんさんの言う社交的とは、おそらく、善意を捧げれば善意が反射すると
信じて疑わない我欲というものなのです。
誠実な自分を恥じるなかれ。相手から受ける落胆で自分を蔑むなかれ。
為した自分を自分で讃えて・信じて歩めばそれでいい。
そんなしんさんに響く人が現れたら、その人を離さない生き方をすればいい。
その人にすら裏切られたら、自分にもまた反省が要る。
そして、引き摺る後悔も恐怖も必要ありません。自分に自信を持つという
ことは、誠実を悔やまないということなのです。
真理之丞期待欲 (2013/02/17 Sun 02:27:51) pc *.198.54.171
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