
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
セックスだけに興味があるのであれば、女性と関係を持つことを、まず考えましょう。女性と経験し、どうしても違うと思ってからでもゲイの道に入るのは遅くないです。
ここで相談されている方の苦労や苦難をもう一度読んでみてください。それほどゲイに対する社会は甘くはないし、偏見や差別は存在します。それはゲイであることが悪いのではなく、ごく自然に発生しているわけです。自分と異質なものは避けたい、側にあって欲しくないと思うんです。
ゲイとのセックスにはまれば、いずれゲイの人と付き合うことになり、男女間を行き来しつつも、結局同性であるゲイに体の関係を求め、生活は異性である女性に求めるようになります。男性同士のほうが性欲を満たせるため、効率的ですが、それに慣れると女性との性交渉が上手くいかなくなります。しかし、家族を作るとなれば女性が必要なわけです。子供、孫の顔を見、家族を作って行きたいのであれば、ゲイとは性交渉を持たないことです。ゲイとして生きていかなければならない方々にも失礼です。
最近、自称バイセクシャルが増えています。性の多様性や個性の尊重などと言いますが、その結果、曖昧な性が蔓延しています。
しかし、生物学的上、人間の体の構造は子孫を残すために上手く作られているのです。子孫を残すための生殖器、そのための体の恒常性など、進化の過程で上手に変化してきました。それではゲイの存在はどうなのか?と言う問いかけをしたくはなりますが、1980年代半ばから、ゲイは精神疾患から外されることになりました。それはあまりに割合が高いことと、同性を好きである以外に精神疾患を確認しがたいということが外される要因であり、治らないものであるということと、治すべきではないということです。
しかし、信憑性があるものとして、
●家庭の機能不全によるセクシャリティの歪み
(母に対する強い思い、父に対する強い憧れ、父、母に対する憎しみ)
●思春期に同性との性的接触による同性愛志向の強化
(さわりあっこをした、共にマスターベーションをした)
●男性である自分に対する自己愛による男性崇拝型性志向
(自分に興味を持ちすぎて、同性である男性をよりよく思う)
●異性愛に恵まれなかった、現実逃避
(コンプレックスやモテるような素質がなかったため、異性を求めても手にはいらないと認知してしまい、同性を求める)
問題なのは、同性愛ではないのに、同性愛になってしまう人々です。
メディアやネットの普及により、ゲイのポルノ画像、動画が容易く手に入るようになりました。そのようなものを見続け興奮を覚えるとそれを学習してしまうのです。(「条件づけ」)それにより、女性との性交渉は持てなくなり、女性を幸せにできないのならゲイの道を選ぶという、消去法・自己逃避型(自己愛型)同性愛者は厄介な存在です。
純粋にゲイとしてしか生きて行けないという人と異なり、全てのことからの逃げ道ととしゲイになったわけですから、セクシャリティ以外でも現実逃避、自己正当化、自己の誇大妄想、自意識過剰などがあげられます。その人たちに関わると、アイデンティティに問題のないゲイの方の精神を蝕みます。
なぜここまで書いたかと言うと、セクシャリティの決定は自分自身であると同時に家族や今後の生活の運命まで自己決定しなければならなくなることです。それを覚悟している方、またはそうせざるを得ない方が、ゲイとして生きていくんです。興味本位の性交渉はそれ以上の刺激を益々求めていきます。
最近の若いゲイの活動家は「あらゆる性が存在することを理解して欲しい」と言いますが、本来ならば「ゲイとしてしか生きて行けないゲイを理解し、法律上でも幸せになる権利を与えて欲しい」に変えるべきでしょう。
ここに書かれているお悩みはまだ軽いほうであり、同性愛を原因とする自殺や同性愛について悩み苦しんだ上の精神疾病の発症、性感染症による長期療養、死亡などがあるのが現状です。
性は軽いのではないと言う事を若い年齢から自覚してください。
カウンセラー (2013/03/09 Sat 13:55:21) pc *.18.110.172
この回答が参考になった: 3人 (携帯からのみ評価可)