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Re: 死について

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No.243432 Re: 死について

死は一人一人、一つ一つが無二のドラマです。
ドラマというのは、ドラマ性のことであり、コミカルな意味ではありません。
あなたの感性とあなたと彼の暮らしとあなたの想念の全部がそこに
凝縮される怒涛のドラマ。
いいえ、死者をめぐる家族(恋人)は茫然自失の核心を抱いたまま、
次から次へとこなさなければいけない祀り事を捌けさせる陣頭指揮の如く
嵐のような葬儀に翻弄される。
最近は家族葬という身近な内々の見送りや埋葬が多いものの、
それでも、泣いてなんかいられない進行を行くのが相棒や伴侶と言うもの
なのろうと思います。

ですので、あなたの質問は、それを伺うことにより束の間の安堵を得たいの
か心積もりなのか、
しかし、誰のどんな事例を聞いても、実際にはその場であなたはあなたと彼
のそのままとあなたの感情に従うしかないものなのです。
誰かの亜流の如く、というのはあなたの彼への不誠実でもあるのです。
あなたはあなたの思う感情のまま、あなたの知る彼の関係者とともに無事に
儀式まで終えることでいいのです。
どのように振る舞うも、彼の親族の応じ方も人の数だけ有るのであり、
心構えも予行練習もそう意味は無いのです。
その場の出たとこ勝負のあなたの誠実のままに話して動けばそれでいい。

むしろ、時間が経って、あなたの悲しみが深まる時に、あなたがどう自分を
持たせ・立たせられるのか、その時のことをあたくしは気にしております。

あなたが添えた事実に優る愛はない。
それだけでいいのです。そして、恥じる勿れ、その愛に。
もしもその日が来て、
もしもその日が終わり、
もしも残されたあなたが、
あなたが立ち直れるか否か、再生の道を行く遠き姿をお祈りしております。

真理之丞春の駅 (2013/03/28 Thu 21:48:04) pc *.198.54.171


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