
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた、
あなたの恋は錯覚の花。
そう、自分の不得手や心配に対して優しい手を伸べて笑ってくれた男性に、
恋人像を透かし見ただけなのです。
あなたの心がそれだけ不安と隣り合わせで、自己嫌悪で生きて来た証しが
今回の教習所恋なのですよ。
だから、目を覚まさなければいけません。
その教官も、寸部は、あなたになにがしかの共感・シムパスィーという
ものを感じて、懇意に話して応じてくれたことでしょう。
あなたの見た教官の顔がまるで嘘、というのは、たぶん違います。
教師が感じる愛着にも似た、愛弟子への瞳だったかもしれない。
でも、あなたのエロスをその“教官”は受け留められることは先ずないと
思うのが一般的です。そして、たまに、稀に、連絡を取るだけでもいいと
あなたは書きましたが、それは、実は、彼にとっては、去った「上がった」
つまり片付いた生徒がまだ何か、それも稀稀に、と、
頻繁の連絡性より、もっと訝しく、感情の持続の薄まった後々には面倒な
声以外の何でもないのです。
いいえ、一度か二度は有ってもいいでしょう。
しかし、その先に何があるか。
教習所とは見送り、送り出すことが使命の誇りの場です。
あなたの笑顔や親しみが永久の刻印になるためにも、尾を引くような意図
不明をいずれ湧かすようにも、潔く幕を引くのが彼へのマナーです。
そして、だからこそ、あなたを忘れないことにできる訳なのです。
冒頭に戻りますが、
あなたは偶発のシチュエーションを利用したいだけなのです。
それよりも、あなたの性をまでも受け留めてくれる彼というものを探す方
があなたの成長に向かいます。
なかなか難しいことですが、あなたは引き際の美学というものを今回学び、
責め続けることの可能な恋愛の道に旅立つ方がいい。
街中ですれ違う時に仄かな心の疼きを感じるものが初恋(の類)なのです。
叶えられなかった永遠という美があたくしたちの胸の金銭を擽るのです。
youtu.be/YF_0UduHJCw
真理之丞擽り泪 (2013/04/05 Fri 22:28:23) pc *.198.54.171
この回答が参考になった: 0人 (携帯からのみ評価可)