
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あたくしは既婚ゲイが浮かれて同じ性癖の者を見下すような在り方には
疑問は唱えるのです。その時事は、こぞって何様かと非難するのも理に
適っている気がします。
しかし、どうした理由でか既婚になった挙句の苦悩があったとしたら、
その人はではどうしたらいいものかを
突き放すのは簡単な訳で、何かを言える人であるのが本当の者だろうと
思う訳です。
何ゆえに過去の自分の出遭ってあたかも忌々しく棄てられたことに被せ
て毛嫌いを最初に吐くのか、往々にして逃げ道があることを歯痒く言いたい
のか、迂闊に断言などはできないということを書いたつもりです。
既婚は既婚で美味しいじゃないか、と妬むような心根は違う。
そして、実際は知りませんが、この数行の相談では、何も自分が意気揚々
と家庭生活を謳歌しているのでもなく、喘いでいる質問な訳です。
ゲイの目線が前提とは分りつつも、何が嫌いってなど吐くのは浅ましい。
その意味で、誰もそうした意を記さない中でただ一人あるがままで考え
てみればと書く人が居た。その人の死生観のようなものはもともと高貴に
して独特な達観に満ちているのは知っている。
けれども、王様が裸だと言うように自分の信念や観方をいつも書けること
こそがゲイのあるべき心根に通ずるもののように思わるのです。
卑近な噂、過去の自分の嘆き、そうした自分の過去帳だけで考える人は
心の幅が狭い。
あたかも、自分の恋の成就に照らしてしかものを言えない人で無い時に、
はじめてゲイの理解も見直されも進むことと想います。あの人は結婚で
家庭を持った、自分は持たないし持てない。誰が正しい訳でもなく、性の
局面だけが愛の全部ではないことを思う時、愛すらも無い仮面で過ごす
男女も実在する中で、その人の結婚生活を罵倒するのはおかしいのです。
疑問視と個人嫌悪と罵倒は全部違う。
あたくしの好きな人は事実をそのまま考える発言をできる人だからです。
http://youtu.be/BBmow5xOWUQ
真理之丞潮騒人 (2013/05/18 Sat 23:11:39) pc *.198.54.171
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