
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
恋愛はまやかしです。
まやかしを解り、まやかしと憶え、まやかしにならないように頑張っている。
それが世の中の恋愛模様です。
破れることを懼れ、破綻することを怖がり、終わることへの悲観を想像して
それを完全に避けるためには恋愛など有り得ないことになるのです。
だから、それを自分の中で見ないふりでもいい、そして覚悟をどこかで持ち、
出来る努力を重ねてあなただけには変わらないという信頼を勝ち得るまでは
永遠に努力する口も姿勢も必要なのです。
どうせ、というどのどうせを思う場合は、何もする資格は無くなるのです。
どうせが在っても賭けてみる。それが恋愛なのです。
男女も男男も同じです。本気の本気の絶対を説くところには不思議とそういう
悲観は入って来ないようにもできているのです。
あなたはどこかで自分の匙を投げ始めている。
その匙を投げようとしない根性でしか、実はあなたの欲しいものの先はあり
ません。
今のあなたに添うことが無理なことを、あなたがどこかで解っている場合、
それを脱する以上まではあなたは再起を駈けなければいけません。今のまま
のあなたを丸ごと受け留めてくれることももちろんあって、そのためには、
それでも「どうせ」ということは思い描くことすら封じなければいけません。
世の中で、どういう場合でも他者はもちろん信じられない存在なのです。
信じられる何かが実在する、その夢は私には無い、ということは、そもそも
認識が間違っていて、誰も信じられないけれども信じようと生きる、
これが正しい道です。
そして、他者には100%を決して期待などはできません。どんなに親身でどんなに懇意で、どんなに親しい血縁でも同じです。
自分の思いを、期待を、届けるだけで求めない。その中で、もしも相手が何
かを捧げてくれる時、それは信じてみてもいい。
どうせの薄倖の主人公にはシンデレラの靴は永遠に廻ることはありません。
どうせ、でも、やってみる、進んでみる。誰もがそういう人生を歩いています。
真理之丞あなた (2013/06/23 Sun 02:15:17) pc *.198.54.171
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