
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
皆、自分にとっての一番に吸い寄せられて、
無駄に時間を潰していたように疎遠になってしまうのは人生の必然です。
誰もが自分にとっての最愛を求めて歩むのが人生です。
それがない人生でも善いけれど、有るに越したことがない。
しかし、そういう絆や関係性には利他の心と利他への時間というものが
求められるぶん、
あなたは自分の時間を自由に履行できるのです。
その部分で、なんだかの淋しさに打ちひしがれて時間を無為にするのは
自分らしさに誇りを持てない言い逃れかもしれません。
彼らが二人で歩むぶん、今の自分ができること、成せることは何かを
遮二無二ではなくとも、意を注いで自分らしくでいい、懸命に歩むこと
が大事です。それは一人であってもいいことなのです。
また、カップルの覚悟で歩む、そのためには、
なるようになると称して、何も無さない非生産的な平日と休日を過ごさ
ない意識的な能動が必要なのです。
細部に拘って大局観を見失うのは愚の骨頂ですが、
大きな自分のイメージを持って、ゲイの自分の人生をデザインするよう
な意識はどうしても必要になるでしょう。
流される偶然にのみ頼るには、人生は短か過ぎる。
本当に話のできる、本当に安らげる人を、その人が男性でも求めること
に果敢でなければ、独りの侘しさを毎日の言い訳にして、
どこかから天使が舞い降りて来て自分を救ってくれる、かのような幻想
で老齢を進む道になる。
つまり、相手を求めるということは、
無駄を承知で、無駄を楽しむほどの挑戦を持たねばいけないのです。
どうせ、とか、しょせん、という悲観は自分の周囲を悪く述べて逃れる
言い訳なのです。
本当に大事な人とは、あなたの目線と喜怒哀楽を無駄としない人であり、
あなたもそうであらねば先は無いのです。
どうせ終わるにしても、自分にも持とうとする期待感で歩みなさい。
周囲と違うという目に勝つには、自分が喜んでいなければいけません。
喜べる、ということは、つまり、話のできる相棒である方がいいでしょう。
真理之丞あなた (2013/08/05 Mon 00:06:15) pc *.198.54.171
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