
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた、
あのね、
好きになったことと、好き同士だったことと、求め合ったのに相まみえる
事の無かった恋はどれも大きく違うのです。
あなたの場合は空想による、勝手な思慕までだったのであり、
本当に好き同士が別れた道とは違うことは大きな違いでもあるのです。
そして、微かな望みに賭けて、好きかもしれなかった、あなたのような
独りガテンの恋ほど、後を引くものなのです。
そして、それはどこかで、相思相愛になったかもしれない真実をも含むの
は事実です。
ですが、叶うかもしれず何も無さなかった煙すら出なかった思い込みの恋
未練と、実際に恋に挑んで引裂かれたか別れる運命に在ったのとは
実は大違いなのです。
こうした意味で、あなたの未練空想は、あなたの理想絵への無いモノ強請
りのある種の逃避快楽なのであり、
それに縋ることや、思いを深めることは殆んど意味がないことは知るべき
です。
本当に好きならば、本当に欲しかったのであれば、
その後の時間に彼を求めた筈なのであり、
あなたは立場も在ったかもしれませんが何もしなかった。
何もしない、ということは意志の表明なのです。
できなかったのではなく、しなかった。それがあなたなのです。
それから、あなたは当時彼が好きだったのであり、
変わりゆく大人になって以降の彼をそうは知らない。
自分の空想に閉じ込めた、青い彼を愛したことへのノスタルジーは、
そもそも得られない・手の届かないものへのある種のファンタジーなので
あり、あなたの満足というものが、どのみち、今なお、リアリティーに
即したものではなかい可能性が非情に高いのです。
あの当時の彼を引き摺るのは、あなたの過去への自己愛の変形。
自分をあのように見つめてくれた彼やあの幼い彼を人形視して燻している
だけのあなたなのです。
成就しなかった恋ではなく、何も起こす気もなかった恋への未練など、幻
でしかありません。あなたへの教師への思慕を恋愛に置き換える勿れ。
いつまでたっても自己本位であるあなたには、成長した彼にはより遠退い
て似つかわしくないことに思い及ぶべきなのです。
無垢というものへの愛の多くは、逃避愛。それを知りなさい。
真理之丞蒼ゐ焔 (2013/08/14 Wed 02:14:55) pc *.198.54.171
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