
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたのその感情は
実は、あなたの他者に対する本性・本心や、封印している露悪感情を刺激
する、あなたの中の潜在意識に関係しているのです。
あなたも元々は露悪を自分で纏った訳ではありません。
しかし、生育の中で、どこかで、いつか、誰かに、何かを浴びせられて
いることを見抜きます。
その(例えば幼き日の)痛みが、あなたを正義感という名の楯で他人(ひと)
を阻止したい感情を巣食わせてしまったのです。
つまり、あなたの中には、違和感(嫌悪や相容れなさを含む)を疎外した
い排斥根性が確実に在るのです。
だから、装っては大過なく進めても、心では許せない。
実はそれは、あなたの中の過去の痛みが疼く、という悲痛体験に起因して
いることなのです。あなたの生きた時間軸に傲岸という意のまま(過去の
場合はイジメ的なこと)を許せない勧善懲悪がいつも有る。
しかし、それは、あなたの行き場を失っている復讐心が50%は原因なので
あり、あなたは過去の痛みや悲しみを吐き出す心の浄化が必要なのです。
もちろん、上記はあたくしの推察です。
でも、もしも当たっているか、考えてみてください。
他人を許せない嫌悪感というのは、
実は、全体を思う博愛や公正による意識ではなく、
すこぶる自尊心の傷付きに拠ることが多いのです。
その癖のある、ワガママにも見える解ってない御仁も世の中には、そういう
人も多く居るし、その人にも好い所もある訳なのを見ようともせず、
いいえ、観ることができないあなたの断定は、
あなたの中の自己反芻による、自己防衛が為させている感情であり、
極私的怨念というものであることを考えてみてください。
こならわかる、とか、こうあるべきだ、とか、あんな風にするものではない
という正義感や常識にかこつけたあなたの反発は、
あなたの痛みがどこか生傷のままである、真の愛情を向けられることの欠如
が起させるある種の欲求不満なのですね。
どういう人であっても、「無難」「そつなき自然」「流せる赦し」で
取り敢えずでも和合を図ろうとするのが<社会人>であり<大人>なのです。
周囲の人が、社会が、権力や突出た大樹に寄りかかったり、どこか媚びる
のは人生の自然と必然なのです。
あなたは相手方のそのシーンに囚われて進むのではなく、自分が求める真
の誠実に適う人をあなたの私生活で求めて行きなさい。
そして、和合は屈することでは無く、異論を自然に納得させられるあなた
であるまでに対等か、自分を見失わない、という意味なのです。
過去の悲しみに訣別するあなたたりなさい。
真理之丞悲愁愛 (2013/08/16 Fri 01:25:05) pc *.198.54.171
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