
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
やっと掴んだ春を謳歌するべきが、悲劇で幕が閉じる。
これは実はドラマではよく在ることなのです。いいえ、人間の心理の不可思議
をあれこれ見せるのがドラマですから、そういう心境は確実に在りました。
あたくしが思うのには、
苦労している自分に酔う恋愛というものの実例ではないかということです。
彼は次々と襲う悲劇に翻弄されて、自らも病膏肓に二年の月日を費やしたので
すから、あなたとの恋愛を客観視する余裕は無かったと思われます。
すがるというより、あなたが彼の意欲の火種になったからこそ、彼は再起に
自分を鼓舞することができた。
あなたは降り掛かる艱難辛苦を身を呈して彼の楯になり支えることがいつしか
使命感となり、だけれども、いつしか彼の再生を見届けるところがあなたの
歓びのゴール地点に変化して行ったのです。
本当は無から紡いで二人して目的を見つけその道を夫唱婦随で歩く恋愛が本道
だったのに、あなたと彼はそのスタートまでの成就が恋愛の中身となった。
そして、やっと得た平穏無事に巣食うことになったのは、これからの建設への
期待ではなく、予想だにしなかった喪失感なのでした。
頑張り励ますことを恋に置き換えた二人の陥る罠とは、達成のその先がへし折
られるように「無い」ということなのです。そこからが恋愛の醍醐味であった
のに、あの苦しい最中の信じ合いや誓いや祈りに匹敵するものが無い。
まだ、蓄えも半分にも満たないのであれば、それが次の目的になったかもしれ
ません。でも、それも手中にできる目処が見えて、あなたの中の平凡が味気な
いものに感じるほどあなたは翻弄されたとも言えるし、麻痺して鈍感になった
ともいえる。
そういう意味では、渇望の季節こそ恋の醍醐味に足る時間なのだと言えるかも
しれません。あなたの症状は目先に囚われ過ぎの心眼の欠如という症例です。
あなたの彼は再生した訳ではないのです。一見ふつうに見えるその心の傷痕と
傷み、あなたしか居ない、あなたが居てくれる意味を彼が全霊でなど出せる
筈は(そうそう)無いのであって、実は隠れている心の傷がどれほど大きいの
か、そういう想像力で二人の新しいステージを、新たに舵執っていけなければ
いけません。
あなたが見ているのは、見かけ上の安泰安寧であって、人の心の襞ではない
可能性が高い。彼がどういう人物かは判りませんが、終わった、と感じるのは
おそらくあなたの支えというものが存外皮相的であったかもしれない証左であ
り、今も昔も、彼の心を本気で支えた可能性は(実は)低いというのがあたく
しの意見です。
実際、あなたはいとも簡単に悲劇を並べ過ぎている。済んだことの事実である
というよりも、そういう風に書ける、見れる、そんなあなたは彼を引っ張れた
気概はあったかもしれませんが、本気の情愛は少し足っていなかったかもしれ
ない。
「本当の心に添う」それがあなたと彼の「リスタート・ゼロ地点」なのです。
深刻ぶるのも善し悪しだけど、彼が簡単に立ち直ったと診るのも早過ぎる。
あなたに「どこかしら潜んでいる浅さ」があなたの意外さの原因です。
真理之丞心眼愛 (2013/10/22 Tue 23:14:13) pc *.198.54.171
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