
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
この問題は双方の自分の中の自分への省察の罪の問題なのです。
あなたと彼の意思の疎通のできなかったことや意地針の問題ではなく、自分
の心の中で双方が相手に踏み込めないだけの自分なのだ、
という問題なのです。
だからハッキリ言って、あなたは悩みも後悔も要らず、
もう一度素直に、かつ、遠慮もなく出現すればいい。
そして、正直に目を見て、自分を出せばいい。笑えばいい。伝えればいい。
離れている斟酌の間に時間は年月として流れてしまう。
しかし、相互にあの時のまま心は止まっていることも多いものです。
あたくしは待つのも無意味みたいに打算で次々と他にもっといい男がいる
んだもんというような中途半端ブサイク女のような遮二無二よりも
こうしたゲイ恋では時は案外止まっているかもしれない、という期待を今
思うのです。
どうしてこう思うのかは判りませんが、あたくしの直観なのです。
そもそも何がしか、根底から切り刻むように怒るのが当然のような慚愧に
耐えない事件があって仲たがいした訳ではないあなたたち。
そしてその譲らなかったあの時のまま歩み寄れずに思いは募る、ということ
はあなたも彼も自分の勇気や自分の歩み方で自分自身が萎えているから
何のリアクションもなくそのままの二人だったのだ、ということではないか
とあたくしは思うのです。
しかし、また笑って話せるという問題と、
二人がまた伴侶になって先に歩めるか、という問題は別であり、
そこには相互がどう大人になり、自分を打開し、相手をそれでも求めて行く
かという意思の提示・覚悟が必要です。
数年もの熟成の思慕ならば、また微笑み合えた、という誰でもできそうな
ことで満足するのはいけません。
今度は彼にあなたはどう話せたり行動できて、彼にもこうして欲しいと強く
伝えるような願いも厭わないまでの対話が必要です。
自分を恥ずかしがるよりも相手に願い問う。これが必要なあなたと彼である
と推察しました。
つまり、あなたは自分を恥じずに意思表示をしなければ始まりません。
その結果、彼がお気楽でもうあなたなんか脳裏にも無い現在を楽しんであな
たをあしらうような彼になっていたらあなたもいよいよ割り切ることができ
るというものですね。
彼に問う。そのことをあなたはしてよろしい。
返事が無いなら返事をくれるように述べる。そして思慮の上で待ち伏せでは
なくて待っていると試してもいいのです。
寒風の中の放置をそのままにできた彼であればそれも彼の答えとしましょう。
勇気を出しなさい。
http://youtu.be/U4ui0ssgiZw
真理之丞寂寥愛 (2014/02/19 Wed 23:56:54) pc *.198.54.171
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