
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
思念というのは抑制するほど募るものなのです。
だから、もう彼を視てしまったあなたは戻ることはできません。
いいえ、これは、頭の脳裏に在り続ける、消えることは無い、という意味で
あって、過ちの取り返しや危険を踏まなかった回避のこともできなくなると
いう意味ではありません。
あなたの場合、あたくしは確かめる旧交を持つこと自体は悪いことはなく、
確かめるという計略ではなく、自然体で今を認識し合い、
もう過ぎた過去なのだ、とできるか否かを明確にできることで今の自分の道
のとるべきを再認識できるのであろうと思う訳です。
そっと知らずのままに蓋をして、ということがベストなのは、
相手が変わり果てていてとか、哀れであるとか、危険な因子を持っている今
になっているとか、そういう時には有効なことで思い出のページをそのまま
セピア色のメモリアルにして済ませるが善し、となるのです。
しかし、あなたたちは旧友でもあったし、性の発露を持っててもそれこそが
あの時代の友人だった訳です。
禁断の恋で罪深い二人で誰かに迷惑をかけたのでもありません。
お互いがお互いの家庭を持ち、立派に進んでいる、その道があの時の記憶で
潰れることはおそらくないとあたくしは思いました。
勿論、逢わなければよかったとか、今はやっぱり理解し合えないことも解り、辞めとけばよかったということも半々の確率で在る事です。しかし、過去と
今は違うことは承知の上なのであり、今を確認することは懐かしさの意味が
増す人生の折り返し地点では感慨の励みにもなるということなのです。
あなたがここに相談した時点で、甦った記憶を再燃させたい、何かあったら
いいのに、と実はどこかで思うのであれば、よく考えなさい。
自分をどこまでも正直に持つ、その上でのセーヴも理性も持てるという自信
が有る時はそれでも再会してもいいでしょう。
でも、願望があって相手の秘めたる性癖の奥底を量るのであれば、控える方
がいいのかもしれません。あなた次第なのだ、ということです。
中学生時代というのは一番性へのイマジネーションと自分の中の衝き上げる
未知への衝動で同性で自分を試す時代でもあります。
その時代を懐かしむノスタルジーも在っていい。
笑い話にできるのか、あなたの奥底に何が潜んでいるのか、あなたしか知り
ません。そして、同じことをしてもあの時の感覚とはもう違う大人になって
しまった自分でも在る時に、再会はすべてを納得させる道になると思います。
真理之丞膏肓恋 (2014/03/06 Thu 00:55:49) pc *.198.54.171
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