
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたが間違っています。
あなた、世の中と人間界とはそういうものなのです。
仮に違う普通一般の場であっても、それに準ずることは多く見られるし、
厳然とは無くても、そうした陰の嘲笑や囁き、皮肉談笑は人間はどうしても
誰かがどこかで平常にしていると考えて差し支えありません。
あなたが遭遇した今回の義憤は、あなたには災難でしたが、
あなたが間違っている点は、
のっけからあなたは誰かに対して差別的・自己優位的意識を持つ傾向が
隠し切れていない相談文だからです。
つまり、あなたは善良には善良が向けられると自己の正当性を信じて思い
込み、実際には、誰か少しでもあなたにとって違和感が有る(湧いた)場合
はあなたは心中でそういう人物を(自分とは違う低級だと)排斥する目線を
持っているということなのです。
いったい、世の中、世界中では悪態も醜悪も器量不足も、感動の倍ほどは
存在しているのが人間世界というものです。
だから、そういう人をどう視ているか、どう捉えているか、どう対すること
ができるかという意味で、あなたはまだまだ修養は足っていません。
しかし、
このことは悪い不愉快をも肯定して自ら折れろ、
差別するな、という意味では決してありません。
あたくしが言いたいのは、少し伝え難いことなのだけど、
あなたのそうした冒頭の心というものは、どうしてもオーラ的な空気や
あなたの自分では意識していないそぶりにまで漂ってしまうものであり、
彼らはどこかでそれを敏感に察知した可能性があるやもしれぬ、ということ
なのです。
人間の掟は、悲しみや不愉快は自己の鏡なのだ、
ということがどうしても在るのは謙虚に受け留めるべきことをあなたには
伝えます。俺は違う、あんな風ではない、という見下しは空気の電波ですぐ
に周囲には伝わるか、誤解を得てしまうまで在るのだ、ということです。
人間は弱い。
だから自分を立たせるのに周囲を巻き込んで手なづけるように集団蔑視や
噂をして強いものに巻かれてしまうのをあなたもどこかで知っていることで
しょう。彼らは(早い話が)実はあなたは自分達に靡いて欲しいか、親しく
したいのだ、それが本心だったのだ、ということを寸分は考えてみなさい。
あなたが毛嫌いする内心の電波を持った以上、
そもそも見る事すらしない俺なのに、というまさにそのことこそがあなたの
問題点なのです。
すべての人に気に入られる道理は無いのは尤もだけど、
すべての人をどう解釈し認めることができるか、それは人生の随所で必ず
大事になってきます。
どういう劣悪をも考慮考察する純白の心から人々の蟠りは溶けるのです。
自分とは違う人種には関わらないというスタンスや察知は危険因子を持つの
だということを知りなさい。
あなたがこの経験で学ぶことはそういうことです。
真理之丞あなた (2014/04/12 Sat 16:46:04) pc *.198.54.171
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