
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
ホレ
■江戸時代
江戸時代初期には陰間茶屋と呼ばれるおかまバーが既にあり、男が好きな男たちが集まっていた。
その為、男同士で生肌を重ねケツマンコ等の行為が行われるような場所もあったのではないかとの説もあるが未検証である。
■大正 - 昭和初期
発展場という言葉は使われていないが、戦前も映画館や公園などが男と男の出会いの場になっていたといわれ、
遅くとも大正期には発展場は存在していた。一例として江戸川乱歩『一寸法師』(昭和2年)には、
浅草公園に深夜屯するおかまが出てくる場面がある。
また戦前の一時期、上野公園におかまが屯していたことで知られている。
■戦後直後 - 1960年代
戦後直後から1960年代頃までは、出会いや発展の場といえば野外の公園や便所(事務所と言った)、
映画館の暗がりなどが中心で、東京では「おかまの森」といわれた上野公園を始め、
日比谷公園、信濃町駅最寄りの権田原という公園のような場所が有名だった。
権田原は二丁目にゲイタウンができる前頃は、都内で最も有名なやり場だった。
大阪では阿倍野区旭町(天王寺公園の近く)がおかまの森と呼ばれた。
上野公園ではある夜、警視総監が見回ったら、おかまの一人に殴られたというエピソードがあり、
日比谷公園は男を求める男で夜ごと賑わい、GHQ本部(第一生命会館)に近かったこともあり、中には米軍人もいた。
また各地には発展できる映画館もでき始めていた。
pediaに出てましたので9割引用させていただきましたが、
公園や便所って戦後直後からやってたのね(高笑)
もう、今日も朝からイヤン♪
シスター (2014/08/27 Wed 06:03:51) au 050300900300**
この回答が参考になった: 9人 (携帯からのみ評価可)