
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あたくしの解答は相当捻くれているかもしれませんが、
あたくしの思いを書きますの。
あのね、
あなた、
あなたはツンデレとやらではないけど、
平気で(言葉は悪いけど)横柄でよろしい。
その彼には、命令なさいっ;
いいえっ、これは極論のモノノ例えなのですが、それほど平気で堂々としてて
好いのです。そして、注意をしますが、それは悪ぶれとか相手を苦しめろとか
意地悪しろとか、吊し上げろ、とかそういう意味じゃなく、
あなたの感性あなたの感覚、あなたの好き嫌いも正々堂々とどういうレヴェル
差の会話言葉であってもその高尚な彼に投げ向けていいのだ、
それに応えることこそが彼の真の愛の証しだということなのです。
自分が高みに在ると思う、ないし、無意識にもそれで自然に来ている者は、
自分に無い意外性や自分の神経でおよそ測れないタフネスや弱さまでも
新鮮味も手伝って愛おしいと思うことが割と在るのです。
しかし、それはその人の本当の美意識や価値観でなく、自分誤魔化しの自分へ
の言い訳やこじつけ、思い込みで相手をある種憐れむような目線、詳しく言う
とそんな相手に向ける愛への自分への自己陶酔愛で惚れる訳なのです。
真剣に愛する(愛してくれる)較差恋も在るかもしれませんが、
本気度が重要なのであり、その価値に自分が降りる体験、いや、やってみて
試してみてそこにも違う世界や価値が有ることを知る人こそが本当の較差恋の
資格有る人なのです。
このことから、あなたの気遣いとは正反対に、
彼があなたをそういう思いに駆らせないだけの彼の寛容性や受容度を示すこと
が「先に必要」なのです。
お互いが在りのままでよいという美論は実は嘘なのであり、
相手への気遣いを先にできること、その上で気兼ねなく渡り合える素地を作る
ことに腐心できる者こそが本当の恋人足るカレとあたくしは思っております。
少し矛盾があり、上手く言えないけれども、
相手への気兼ね気遣いによる歩み寄りではなく、
自分の感性をぶつけて(それは在りのままの自分とも違う)自分の尺度で渡り
合う正直さで対することが重要なのです。
解らない・どういうものか、好きになれない、とどこまでも平行線でも好い
のだ、それを好きで行く、といえるかもしれません。
共感は恋愛の尺度と思うかもしれませんが、解り合えないこそを認め合い、
試して視て観る聴いてみることをする実験を無為無駄と思わない心、それを
あなたは持ちなさい。そして、彼にもそれを望み測るべきなのです。
彼の説明、彼の優しさ、
それらが相手を気後れさせたり疲れさせることまで解る器量が要るのです。
あなた、あたくしならそういう彼を困らせて実験してみます。
それぐらい臆病でない強気で相対しなさい。
あなたは彼に堂々として向かう愛を向けなさい。その上で尊重するのです。
真理之丞あなた (2014/10/09 Thu 02:33:01) pc *.198.54.171
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