
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
関わらないに越したことありません。
自分はいつでも正しいと思いこんでいる反省もしないような(自分を変える
試みもしようともしないのは)愚の骨頂の人種なのです。
世界の国際関係でも自分の有利しか考えないことが多い現代、
そして、そういう思い込みでしか自分を立たせていられない弱い人は、
どのみち、自分から崩れるか窮地を纏って行くので、
一番善いのはそのまま放置して関与関知しないことです。
あなたはどうとも言わず、自分の使命として頷くようなリアクションはする
必要はありません。
しかし、人間は、面と向かって誰かが言う裸の王様指摘の声を発することも
重要で、本当に自他にとって残る正義は、
指摘して諌める者だということも事実です。
従って、あなたがもしも言えるとすれば、
指摘を我々は受けて直さねばいけない、しかし、唱える場所も述べ方も考え
るべきはある。もしもどういうところが自分も至らないかそれはやはり詭弁
としてではなく教えてほしい、できることから直さねばいけないと
面と向かって誰も居ない場で、もしくは誰か第三者が証人の場で、メールの
場合が在るとすれば、同報をまで考えて(そのどうにかして欲しいと陳べて
来た人でもよい)述べてもいいかもしれません。
お前が正社員になれ、おまえが去れ、と頭ごなしの抑圧で、とどのつまり、
排斥するような、認めないような、そういう発言が人間を追い詰めて破滅に
向かわせる。
どういう忌まわしい場でも、愛は必要なのです。
その人があなたの居るような所を目指そうとして再起奮闘するほど、あなた
の執るべき道は自省の投げかけであるべきなのです。
他人の痛みは顔を背けることや蓋をすることで無くすのではなく、
我が事として考えて見る器量に治癒が為されていくのです。
あなた、その男の精神の破綻度で決めなさい。
あなたの時間性に無いだけの忌まわしい人種であれば、あなたの正義が徒労
になることもある。話せるような機会を示唆目的ではなく一度持ってみて、
あなたは知ろうとする姿勢で視て観るのでもよいかもしれません。
その上で、関知しないべきかを判断なさい。
真理之丞あなた (2014/10/22 Wed 01:20:12) pc *.198.54.171
この回答が参考になった: 1人 (携帯からのみ評価可)