
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
寂寥感というのは、自分を出せない二重人格的な面をもつ場合に
感じやすい感情でありましょう。
自分の本当はそうではない、自分の本意は実は違う、それは仮の自分の嘘の
言動であるとは言い過ぎでも、本当の本心や満足の筋でない時、
抑圧された自分を解放できる時に現われる孤独感が寂寥感なのです。
あなたの述べている遊びたい、キスしたい、は、
つまりは共にいる、行動できる、自分への陶酔なのであり、
それはあなた自身をあなたがどこかで自分の意思に忠実ではなく、
他者性で粋がって観ている証拠でもあるのです。
いわば、あなたの問題は実は隠された虚栄心が半分以上は有る訳で、
あなたは苦難や不愉快を超える努力よりも
軽微な体裁を思いがちな人間である、ということです。
あなたがどう誠実そうに、いかに醤油顔のさっぱり青年であったとしても、
あなたの核には形式陶酔しか無いのです。
本当の(四六時中の)あなたを知り、本当の(裏も表も)彼を知ろうとも
しない浅さの自業自得ということなのです。
しかし、あたくしはそれを否定している訳ではありません。
そういう価値観や表層で為す歩み方というものも人間の真実とも言えるかと
も思っているのであって、
しかし、寂寥感で空虚や自分の虚無感に独りの時に襲われがちな場合は、
そういう体裁より、キスどまりの期待感や甘さより、
共に最果てまで突き抜ける同調や「苦労の努力」までも自分に課さねばいけ
ないということは確かだと言いたい訳です。
今の時代の手軽さの逃げ口の多さの罪とも言えるかもしれませんが、
あなたは手軽を棄てて、誰かに深く関わろうとしなければ寂寥感は拭えない
と思う訳です。
社交辞令の二面性ではなく、選択肢への安住と自分の伏せる責任感の無さが
あなたの寂寥感の原因です。
恋愛と性の皮相的物足りなさは実は「責任感」の問題なのです。
そして具体的に言うと、自分の逃避と理想の矛盾ということなのです。
あなたの性の捌け口の他の誰かで済むとは、まさにそういうことでしょう。
真理之丞あなた (2014/12/14 Sun 22:48:47) pc *.198.54.171
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