
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた
あなたの問題はよく言えば「繊細さ」の裏返し、
悪く言えば、あなたにはすぐには解らないかもしれませんけれど、
それは「自己過信」の部類に入ります。
そんな馬鹿な!こうして他者を見抜いてしまう、その結果の能面顔や仏頂面、
または「気遣い心(だけど不器用)」がどうして「自己過信」なのか、と
そうお思いでしょう。
しかし、あなたはそれでなんとかなる、なんとかなっているつもり、
または無難に遣り遂せている、またできないものは仕方ないとその場をそう
してしまう自分を、極論では甘やかせていてそれでよいか、と
そう思い込んでいるし、実際に改善の(できるはずの)努力もして来ない今
までの日々だった、ということです。すなわち自己過信なのです。それは。
若いあなたはこれから変化していく可能性の種であり、
今、断罪の断定はできないのはもちろんですが、
自分の心の問答や窮屈や自分で絞め殺している圧迫感に対して放置ではなく、
この質問を機に、「相当の努力をするような姿勢」で歩みなさい。
そのためには、自分がそれで善いと思う自分の刹那(の不自由)に囚われず、
相手の言動に素直に応える、その素直が周囲には好感度にまでなることも
多いものなのです。
そして、素直以上に大切なのは、
相手を観てあなたが感じている筈の相手の傾向に添う、その上でのあなたの
相手用の言動を(それこそを)明確に返すことです。
そして、常識は死守しても、相手とあなたで誰にもどう持続的に観て取られ
ない状況では、あなたは自分の答弁を(辞めておこうと思わずに)はっきり
させ、相手を喜ばせる対話を連鎖的にできるように演じきることも必要なの
です。
どうして、演技か、と言うと、
それは仮面の悪巧みという意味ではなくて、
人間の対人関係ではあなたの感じている感受性は非常に大事なもので、
相手がどうであるかという観察を弁えた上でのリアクションがどうしても
必要だからです。
自分の意のままだけでの素直だけで対話はしてはなりません。
こうしてみると、あなたに必要なのは、腹をくくった勇気と努力するホスピ
タリティー精神かもしれません。
あなたたちの仲を訝しく詮索されるのも快感なほどの、あなたの見識に自信
を纏って行かねばなりません。
それはすなわち、彼や友人とのどうの…ということではなく、
あなた自身の見聞や思考の問題となってくることなのです。
自分の好みを恥じない、自分の省察を信じる、自分の善意を信じる、
そうしたあなた自身の意志の問題に行き着く「あなたの問題」なのです。
すぐにはどうとも変われないのももちろんなことです。
少しずつ、あなたは心の自己問答から実際の行動で示すことができるだけの
見聞・見識を学んでいこうとなさい。会話・言葉も侮るなかれ。
どうしたらそれが可能になるかと言えば、
「他者を大事に考える」これに尽きるかもしれません。
あなたの今はあなたが自分だけを大事にしている姿に等しいのです。だから
自己過信を脱して、実際にできる勇気をその場で考えるようになさい。
大人しい遠慮や慎みの美学は武勇の上の寡黙であるべきで、自分を守る蓑に
してはいけません。
真理之丞あなた (2015/01/11 Sun 02:26:10) pc *.230.153.72
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