
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたっ
あなたは歪んではいません。
しかし、対話不足ということを申しておきましょう。
なぜなら、人間、そうそう他者の思いを自己の痛みになどできないもので
あって、自分が自分の健康(病気)の痛み、不自由、そして悲しみに
遭わなければ、決して本気の本当の痛み悲しみなど思うことはできないの
が本当のところなのです。
同じように苦しむことの難しさ、人間の感情や苦楽苦心の同調・真の同感
の如何に難しいことかは、実は誰でも知っていることなのです。
ですので、同じように泣き、同じようにのた打ち回る姿は、実は却って嘘
っぽい訳であり、
あなたの言い放った言葉は詰めたい甲斐の無い言葉ではありましたが、
あなたが正直で、却って人間として素直誠実であることを表わしていたと
思うのがあたくしの感想です。
それで善い、好かったとは言えませんけれど、
下手に同調しての、同じ次元での喜怒哀楽の停滞よりは、
あなたのような突き放し型のカレとの暮らしの方が、実は生きる前進の力
や苦しみからの解放に有益なことが多いものなのです。
同じように泣いてあげて、同じように呻いて、背中をさすってあげて涙に
明け暮れるカレシさんは実は問題解決力の低い、また嘘っぽいみせかけ姿
と言えるとあたくしは申し上げておきましょう。
そこで、冒頭に戻り、
どうして対話不足かと言えば、
あなたは彼がどうして肉親の父母次元でない叔父貴にそうして悲しんでいる
彼なのか、その理由や涙の所以を醒めて呆れるよりは、問い質して知ること
を自分で厭わないようにせねばいけないのです。
そして、それは人間としての真剣度の問題であり、自分の頭で考えること
すなわち、好奇心の問題なのですね。
他人(ひと)は他人と知らぬ存ぜぬという進み方は、
結局は自分のこと、自分の人生も適当で浅くなるし、自分の道が豊かになる
ことは少ないまま生き甲斐の低さに繋がる訳です。
他人のことに関心を持つ、という姿勢は、自分の生きザマに反映するのです。
ですので、彼の悲しさに冷ややかは善いとしても、そのことだけを取って
判断するのではなく、どうして、彼にとってその叔父がそんなに大事だった
のか、その内容で話すあなたになりなさい。
あなたは非道非情ではありません。
しかし、割り切る結論より、経過や過程、いきさつに思いを馳せる柔軟で
馥郁たる奥行きの有る心を持つように努めなさい。それは自分のためにも。
真理之丞あなた (2015/01/24 Sat 00:10:25) pc *.198.54.171
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