
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたは悪くはありません。
見たいものは見たい、それが人間であり、不安は不安。それが恋。
だから済んでしまったことへの肯定はしませんが、
違反の上にも一筋の真実をみる必須であったのかもしれません。
人間という生き物は
猫だってそうだけど、
そこにいる他者の餌の皿の中がどう違うのか、どうなっているのか、知りたく
て仕方ない生き物なのです。そして安心をしてまた思い返す。
そして大抵は直観のようなものは動物にはものすごく有って、
ふとした拍子に感じるそれは大抵当たっているし、嫌な予感は大抵当たるもの
なのです。
そうして、安心は決定的な不安になり、憎悪まで呼び起こす。
あなた、
あなたは何が欲しいのでしょうか。
終生の自分への、自分だけへの愛の盲目でしょうか。
それほどに彼を自分だけの人生に沿わせたいのでしょうか。
人間は信じることで生きるべき生命なのです。
信じるということは、たとえマイナスにベクトルが動き、たとえ裏切りが存在
しても、それらが自ずと軌道修正されていく力を湧かせるのです。
だから、相手の挙動不審はそれを黙って超える・見守る、
あなたが彼を取り戻すという信念で自分の振る舞いや言動で払拭していかねば
なりません。
貴方と彼の真実は彼の迷い道の兆しだった。
しかし、彼は頑なに否定した。
それはあなたからの恩恵が無くなる道が恐いことや損だという打算である可能
性まで無いとは言えないものの、しかし、あなたの注いだ愛の結果、証しで
あるとあたくしは思うのです。その彼を見守る。その彼の目を自分に返す。
それがあなたの執るべき道でしょう。
そして、相手がどうしてくれるかが恋愛の真骨頂ではないのです。
恋愛の正否はあなたが何をできるかということ。
その結果あなたは信頼で歩んで悔いはないということ。
そして、寂しさやあなたの不在に、或いは自分だけの心模様の一抹の寂しさに
恋愛道を歩んでいても気が逸れて魔がさす、人間とはそういうものなのです。
それが真実であり、世の中で抗えない状況の面もあるのです。
しかし、その気持ちが湧く時にあなたを誰もが思い出すし、取り返しのつかな
い失敗の本質でいつも本当に愛を注いだ人間が浮上する。
だから自分に不安になるよりも、自分がそれでもどうできるか、ということを
考えて歩んで行きなさい。
悪びれずに自分を吐露してあなたのせいにする彼でなかったのは幸いです。
否定したいほどあなたをまだ思っているとここでも信じてよろしい。
そして、あなたの誠実が行き場を失う時、あなたは信じた道を悔いずに違う人
を見据える新たなたびに出るのです。
真理之丞真骨頂 (2015/02/21 Sat 20:31:22) pc *.198.54.171
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