
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたには視野のお話が必要となります。
どういうシチュエーションにしろ、また職場、会合、そして折衝応対、また
個人的飲み会にしても、「自分」の思いで全体を量り、自分しか見えていな
い人はあなたのような感興をもつし、疎外感が勝ち負け判断のようになって
いくものです。
自分の期待、理想、快楽は大事なことで、人生はそれを主軸に考えて生きる
べきとあたくしも思っています。しかし、人間は誰しも自分の思いを先に
自己可愛がりで正当だと思う生き物であるため、
そして、それに賛同して頷いて賞賛をくれるものを仲間とする生き物なので、
迎合しろとは言いませんが、
全体がどういう流れで進んでいるか、誰が独断的独善的で癌な人間かを即座
に理解し、化けて合わせるほどのタフネスも往々にして有効、
いいえ、むしろ、必要なのですね。
自分の内面と外面は一致ていることが誰だってラクチンで好ましい。
ストレスもありません。
しかし、人との和合とは、その場のどういう傾向にも合わせて、かつ自分の
独自の見解を根拠を以て話せる会話力を意味しているのです。
だから、大勢に靡くということではなく、全体を乱さない姿勢で臨機応変に
振る舞う演技力はどうしても必要になります。
いいえ、これはゲイであること、そうでないこと、関係ありません。
黙っていることすら反目者や愛想の無い不可解人にしたいのが弱いふつうの
人間なのです。それであれば、欲しいものを投げる、最低限合わせるほどの
根性がなくては、全員自分本位の世の中など渡ってはいけません。
あなたの自分の個性と判断はあなたに響く人の前でさらけ出せばいい。
自分しか無い輩には譲っておけばいい。
そして、いつも操作して心苦しいという意味が上記のあたくしの見解なので
はなく、どういう人とも、その人がどうしてそう考えるのか、その言い方や
考えの根本の人間の弱さに着目すればいいでしょう。
そう言わせて譲っておけ、ということは、徒党を組みたがる浅い人間や自分
への称賛の欲しい中身の無い弱さの渦巻いた内面ということなのです。
あなた、本当に強いという精神を勘違いして悲しんではなりません。
そして表面でしか受け留めていないからこその悲しみだということなのです。
ゲイは強くあれ、路傍に優しさを持て。
本当に強い人間こそが優しい、という人生の人間の神髄を考えて歩みなさい。
真理之丞あなた (2015/03/01 Sun 23:58:37) pc *.198.54.171
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