
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
ゲイ人の根底には
一皮むけば、本当の素の部分では「寂しさ」がまとわりついているもので
あって、その寂しさの部分で、打ち解けた相手に感情移入や誤解をしてし
まうことはありがちかもしれません。
あたくしはあなたに、その「よほどのタイプ」というのを詰問してみたい
のですが、そのよほどのタイプが現われたとして、
その場合でも今のあなたの「たまに」とはいうべき慎みですが、
彼らへの友情は揺るぎないものとして続行できるのでしょうか。
この質問の真意は、
あなたの自分本位の気紛れ同然の暇やフラストレーションを間に合せの
勢いやノリだけの、俄か仕立てのそうした連中仲間であなたは自分のご都合
で何でも計り、テキトーな面は無いか、ということなのです。
ふつう友人とはそういうものだろう、と思うかもしれませんが、そうでは
ありません。
友人とは間に合せのストックではなく、
あなたの人生や道の見守り人であってくれる存在であるべきと同時に、
彼らにあなたがあなたのど真ん中ストライク人を差し置いても、あなたも
また彼らに誠実の限りで対話する時間を惜しまないで行くべき覚悟で持つ
人たちのことを(本当は)いうのです。
勝手にその先に持ち込まれて困る、ということは、
あなたの成し方がカン違いさせる、勝手にそう思いを向けられるほどでしか
ない軽さかもしれない、ということの証左であって、
あなたが本気の心の友人として観ようとしていないオーラの問題でもある
ということをあたくしは気になったのです。
他人を本当に大事にしない人や、自分本位でしか見ていない人は、
相手に勝手な解釈を持たれてあなた像が一人歩きする場合もあるのです。
いつも真剣で慎重で誠実たれ、などとは言いません。
しかし、あなたの発話の端々やモノの言い方、またその程度の安易な気持ち
での意気投合(呼びかけ)ではそうなる可能性は自明でもあるのです。
反対に、あなたの中のベストタイプとその友達とは何が異なっているので
しょうか。あなただけが満足する視線で生きていないか、本当に必要な彼
らであったのか、あなたも自ずとこれからの巣立ちで変わって行くでしょう。
寂しさの土台を履き違えさせないで励ませるような会話や存在を自分に課す
必要がありましょう。
友人を軽く間に合せで考えたあなたには、そうした軽い迫られ方でちょうど
合っているのであって、
あなたの中のよほどのタイプの彼はあなたのような内面性には靡かないと
思う予測を警鐘として向けておきましょう。
真理之丞本気魂 (2015/03/27 Fri 21:44:52) pc *.198.54.171
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