
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
僕だって人間がそれぞれ違うってことくらいわかっている。完全な理解など、どだいあり得ないことくらい知っている。しかし、僕は2人いたイケメンのうち、彼の方を好きになった。どちらでもよかったのに、育ちの良い方ではなく、彼の方を選んだのは、顔の問題だったとは思えない。なにか、お互いに共通する部分を心の中で感じて彼を好きになったのだと思っていた。それは完全に片想いだったし、その理由をずっと考えていた。
今は、お互いの感性が全く相いれないのだと感じる。そしておそらく、その感性の違いは僕自身が気づかなかったか、無視していた彼と僕の成育環境の違いから必然的な物だったのかもしれない。
そこで質問なのです。たしかに違う。違うのだけれど、人間は違いを乗り越えることはできないのでしょうか?違いは違いとしてお互いに心を通わせ合い、親しみを感じ、別にゲイだから、ノンケだからというのではなくて、ジムで出会い、教え、教えられる者の枠の中でお互いを理解し合うことなど、無理なのでしょうか?世の社会学の中で説く階層の違いは、お互いがお互いに対して無関心であり、理解し合うのではなく、相手がまるで存在しないかのようにふるまうことでしか共存できないのでしょうか?
僕は彼にガッカリした。それはどちらが上とか下とかそんなことではない。もはや違いが歴然とあり、それを乗り越えられる可能性を感じなかったからなのです。それというのも同じような発言に対してすごく興味を持って聞いてきた別のトレーナーさんもいたからです。筋肉バカだからなのではない、スポーツしかできないというのではない、そんなつまらないことではなく、人間というものに対してどう考えたらいいのか、わかりません。
特に真理之丞さま、高嶺さま、桜子さまのご意見も聞けたら幸いです。
アレクセイ (2015/05/10 Sun 22:19:54) pc *.147.24.162 メールを送る
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