
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
三十代末ならば十五年前、二十年前、日本のゲイシーンが躍動し、病気の影も薄かった時代に培った人間関係が、無と化しているはずはない。
だから、まずは、そこに頼るべきだと思う。
海パン姿で思い込みではなく、三十七、八に他者から見えれば、際どいがボーダーライン上。アプリケーション利用も一考。
アプリはカタログなんかじゃない。
入れもしない学校のパンフレットを眺め続けるくらいなら、人生設計を見直すべきなのと同じ。
掲示板を一切使わない人間は少なくないが
昨今の、出逢い目的での掲示板使用者に焦点を当てると‘中年増’までは大抵、アプリも利用している。
顔も載せていることが多い。
掲示板の“大スター”は実際は‘大年増’か本物の異端なので別としても。
ぼかすが、十番に場所ありソッコー、みたいな投稿が都心板に載せてあるとする。
同時間帯に、仙台坂下付近で9かJを開けると、本人のアカウントが見つかる。
五丁目や渋谷、千駄ヶ谷他の比較的メジャーな発展場でも同様。
掲示板経由で連絡をとりあったら、発展場にいたら、相手ないしは店内の気になる奴が、アプリ内にいるかどうかを調べるのは、普通。
相手は相手で、しっかり足跡をつけ返してくる。
それが厄介だとして、トップ画をその時間帯のみ、顔を切り離した身体写真か風景画に差し替える面々もいる。
要するに猛者だらけ。
無論、猛者がセックスに耽溺しているとは限らない。むしろ生活力はあったりする。
そこが難しい。
アプリにも人にもよるが、吠えることができるにしても、詳細までハウると後がヤバそうだとか、皆、最近は自制している傾向はある。
となると、メッセージのやりとりが重みを持つ。
酒場は、二丁目は、家賃の高いビル内にある店が比較的ましだろう。
どうであれ、もう中途半端な猜疑心とは異なる性悪説を念頭に置かないと危ない。
若い頃すべきだった体験を、時を経てから金で買うことはできない。二十才での体験は二十才の心身で味わうのだから。
潔く諦め、ゲイシーンより足を洗ったゲイ達は山といる。
諦め切れず、夢想家にならざるを得ないゲイ達も多い。
よくお考えになった上で、活動されることを願います。
scruples (2015/05/20 Wed 05:57:36) pc *.250.243.9
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