
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あたくしの回答をもう一度書きましょう。
先ずは、飄々となどとは、他人がそう見えるということで使う感じ方や言葉
であって、このもなさんの書いている相談でエライなどと書くのはやはり
違うのです。
スッキリしている自分を自覚しつつ、自分の思いがいろいろと多様に湧かない
ことを記して相談している(自己省察している)のであって、
言い換えれば、それで快適なスッキリ感は有るんだけど、思いが湧いて来ない
し、言う事も無いのは何か変な気もする、という相談なのです。
「常にゼロではない」という部分は重要な告白だけど、
いずれにしても話したい気持ちがあまり湧いて来ない、ということなのです。
したがって、
あたくしは、邪悪な4つをそのまま要るのだ、などとは書いていない。
「好奇心」を紐解けばそういうことも含むということです。
4つと5がどう違うかも勿論解かっている。
何かを心に思い(無理に必要はないけれど)対人や会話で発するには、
自分の感情が基底に有る事が重要であって、その感じ方には、何も世の中の
きれいで美徳だけが重要であるのではないし、
かといって、わざわざ主体の人間に思いを馳せる必要もない。
そのものに何かを自由に思う自分であるために、
ないしは、善意や喜怒哀楽の大元には、
4つの感じ方を知っていることも必要だ、否、必要であってこそ、そこから
違う自分の判断(良識)も編み出される、ということを書いた訳なのです。
字の通りのことだけで解するのは浅い以外の何でもありません。
浅い単純も単調も必要なことも多々ありますが、そういうことを思い重ねて
自分に寄せろ・足らないんだ、などとあたくしは書いていない。
自分で「ほぼ満たされている」と書いている相談者のもなさんは、
観方を変えれば、満たされているのであって、それでいいかもしれないが、
冒頭のように何も無いことが何か違うとも書いて相談しているのです。
やっぱり変ですよね、とも書いている。
変か、変でないかは、人によって判断は違う。
しかし、何も無いことだけで善い筈はなく、プラスの範囲を何で埋められる
かを思う時、対となる正負の双方の感じ方や捉え方は自分の思いの広がりに
有益となる。書き方はいつもマズイでしょうけれど、そういう意味で書いた
訳なのです。
あたくしはもなさんに
自分だけが(それで)良いと思うだけの範囲でない、
他者からももっと理解されるイメージに向けて提起したのです。
飄々とした人は、始まる前から何も話すことが無いような自覚も質問もしない。
真理之丞あなた (2015/06/23 Tue 13:38:17) pc *.198.54.171
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