
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
ステップアップといいますが、あまりくだらないことに人生費やすとダウンになるかもしれませんよ。
特定のコミュニケーションの方法を意識して、そこにどれだけ当て嵌まっているかによって優劣をつけながら成されるコミュニケーションというのは、
自然発生しているコミュニケーションの内容そのものに集中しておらず、本来の目的とはまったく別の通念のようなもの(流行り廃りと同質)で人を判別し始めます。
おまえの説明はわかりづらいだの、こいつはスキルがあるだの、
話し方ひとつで裁いたり、裁かれたり、悩んだり、得意げになっているやりとりって無駄なんです。
そんなことを上から目線で審査している暇があるなら、もっとその相手が何を伝えようとしているのかとか、そいつはどんなものを秘めているのかとか、人間性を含め、もっとより内容のほうに集中すべきなんです。
昔の人はそれが自然にできていました。というか、今でもそれが普通です。
ビジネス界や特定のコミュニティでのコミュニケーションスキルと呼ばれるものは、その場での社交辞令を最優先するためのものですから、実は人間性に反して不自然に作られた、余計な雑念を費やして人を判別することになる卑しい根性の風習なんです。
単にコミュニケーションがスムーズなことは悪いことはではないですが、
それに捉われ始めた部分が出てくるようになると、それは不自然な習慣なんです。
ちょっとどうかと思っていますよ。
もっと自由に話して伝わればいいんであって、それが本当の単なるコミュニケーションですから。
じゃあ寡黙だったり、ぶっきらぼうに話す職人は能力がないんでしょうか?
障害者はどうですか?話がしにくい障害を持つ人の才能は軽視されるんでしょうか?
ちょっと態度が悪い医者なんかも、そういう人ほど愛情がある名医だったりしますよね。
笑顔で明るいふりをしてノリ良けりゃいいなんていうのはおかしいんです。
そんな奴ほど悪魔だったりするんです。
くだらない中身が空の連中のコミュニケーションなんてシカトでOKです。
問題は自分らしさなんです。
一番重要なのはそこです。
その人の人と成りです。寡黙でも友人に囲まれます。
あるべきなのは、自分に必要な気の利いたコミュニケーションであって、
コミュニケーション能力なんてどうでもいいんです。
j (2015/07/16 Thu 00:57:48) pc *.3.173.23
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