
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
君、誰かを本気で好きになったことはあるだろうか?それは片思いでもいい、両思いでもいい、いや、本気というほどでなくても、かりそめでも好きだという感情がもてるなら、それでもいい。
君はきっと孤独が好きで、孤独に引かれ、その冷たい、凍りついたような苦しさを愛している。
しかしながら、愛はそれをも溶かすものなのだ。愛情が君の心にたどり着いたとき、君はわずかながらにも凍てつく氷とは違う、暖かい春の快さを感じるはずだ。
これはたとえ話であって、つまり君は誰かに愛され、あるいは愛するとき、「孤独が好きな自分」とは「違う自分」を発見するだろうということなのだ。
いつまでも寂しさを抱えて生きる苦しさ、耐え続けるむなしさを感じている君、やはり恋をするべきだ。誰かを、深く愛するべきだ。
最大の問題は君がその、「愛する人とどのように出会うのか」ということなのだろう。
ここでも何度も出会いについて質問があった。しかしながら、ネットでメールをひっきりなしにやりあうのも好きになれず、かといって酒場などで良い出会いも期待できず、まして発展場などではなおさら出会いは期待できない。
職場や学校で出会うことはなく、自分がマイノリティーなのだということを嫌というほど思い知らされる。
正直に言おう。僕にも答えはない。しかしながら君、僕は次のことをヒントとして告げよう。
「至誠天に通ず」
本気の本気の本気で願い続ければ、天もあだやその想いを疎かにはされないということだ。
それには真剣で、誠実な、そして赤裸々な祈りが必要だ。その祈りを天に届けるほどの努力(実行力とも言い換えられる)も必要だ。
君、人生とは複雑で難しい。
それであれば天を動かし給え。天も涙を流すほどの祈りと努力をしてみたまえ。その努力とは、出会いサイトで人を物色するということではない。飲み屋に毎週通うって酔っ払うということではない。
自らのやるべきこと、仕事や学業に打ち込み、心を磨き、人格を高め、弱いものに対し心を砕く。そのようにして天を揺さぶることで君の愛する人を引き寄せることを言うのだ。
恋人がいる人がすべて人格を高めた人かといえば、そうではあるまい、しかしながら君、君のような孤独を愛する人とうまくいく人との出会いは、なかなか難しいはずだ。君が人の悪口を嫌うというだけではなく、一歩進んで周りの人の幸せを願う、人格の高みを目指す姿勢の中に、もしかしたら君の孤独を覆い、癒し、生涯をともにできる人が現れるかもしれない。
アレクセイ (2015/07/22 Wed 23:48:37) pc *.133.158.12 メールを送る
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