
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたのナーバスはあなたの挑戦力の欠如。
挑戦とは粋がった生意気や向こう見ずのことで使われることも多い言葉です
が、この恋を満喫し、その愛を膨らませるあなたの気概とか、
悦びの表明のことと同義なのです。
あなたはその彼に自分のマキシマムの愛を届けていません。
できるだけは、ないしは、できることは、可能であれば、と、
そんな控えめの美学は恋愛の挑戦ではないのです。
そしてそれは彼への愛の届けとか滅私奉公の犠牲愛のことなんかではなく、
あなた自身が彼を喜ばせ、自分もそれに至福を感じる努力ということになる
のです。それをあなたは不足している。
このことを再々考えてみましょう。
恋愛の基本は、相手がどうであれ、自分の愛を届けることです。
相手がどうだから自分はこう、というのは恋愛の愛ではありません。
彼は正直なのであり、その顔がどういう有頂天とか慢心の顔だったかは
あたくしたちには判りません。
あなたには彼が恍惚で嬉しそう(懐かしそう)にも見えたのでしょうか。
いいえ、それはたぶん違います。
(おそらくは)彼はあなたに明け透けの隠し立てのない人なのであり、
自分の軌跡の全部を今のあなたに見せて託す自分の正直な表明者なのです。
おまけに、世界中どこでも、メモワールの思い出はどういう苦い時節を超え
ての暁であっても、どこかしら甘美なものに変質するのです。
だから、彼の思い出をむしろ一緒に讃えてあげて、その終わった傷心の瘡蓋
をあなたが癒すほどあなたの愛に能動的でありなさい。
それすなわち、冒頭のようにあなたは挑戦していないのです。
ちょっと自分が圧し(へし)折られたら騒ぎ立てる悲劇仕立ての感傷趣味と
紙一重のあさましさなのです。
そう、あなた、あなたは弱弱しく慎ましいのではなく、実はあさましい。
彼を受け留める愛を持てることこそがデリカシーということなのです。
自分を愛でるよりも先に彼を愛しましょう。
それでも、彼を引き合いに出す彼が収まらなかったら、あなたは自分の刀を
抜いてもよろしい。その激怒が彼の愛にまた火をつける。
それが恋愛というものなのです。
https://youtu.be/mDWWM6h51hc
真理之丞快刀愛 (2015/08/04 Tue 01:27:38) pc *.198.54.171
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