
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
すごく気持ちは分かるなあ。
かといって、発展しないでいる・・・ほぼ無期限に・・・それは苦しいね。
でも、さんざんな僕が言うのもなんだけど、罪悪感に襲われる理由は、買春とは違うとはいえ、そもそも発展もあんまりほめられたことじゃないからなんだよね。
ゲイの場合、出会ってセックスにいたる可能性がほとんどないから、どうしてもそういうところで出会うしかないんだけど・・・。
好きな人はゲイなんだろ?神に感謝しなよ、それだけでも。付き合えるとは限らないけどね。
苦しい恋を秘めているとき、僕は思う。これは天が与えた試練なのかもしれないと。しかるに、天は、この苦しみ、このどうしようもない苦しみをして、何を求めておられるのだろうか?
好きな人と出会って、苦しい時、僕らは振り向いてもらいたさ一心に努力する。話の仕方、オシャレ。仕事だったり、趣味だったり・・・。そして最後に人格こそが向上しなければいけないのだという結論に至る。仕事に精を出す、その先に人の幸せを考える。何気なく人と語る、その先に人の幸せを考える。こうして人間というものについて、人間の幸せというものについて心を致す。人生の勇気というものについて考える。正しさと愛情と、誠実さについて考える。
しかるに、発展場に行く僕らを天は善しとされるのだろうか?振り向いてもらえるまで、頑張り続ける、その結果が出るまで・・・、あるいは決して振り返ってもらえない相手に、ずっと、ずっと発展しないまま、独り身をかこつことが天の示す道なのだろうか?
「誠実でありたい」というのは、どこの誰でも自分が本当に好きで、好きで仕方がない人に対して「人として思う心」だ。自分が好きな人が知っていようと知っていまいと、彼の目に見えるところだけでなく、見えないところでも、時間の一瞬一瞬にいたるまで、誠実でありたい。それは彼に伝わってほしい、天に伝えたい祈りなのだ。
その誠実さと祈りに発展は沿う道なのだろうか?
ぼくも知りたい。
その先に、愛する人との未来があるのかもしれない。
アレクセイ (2015/08/26 Wed 22:25:03) pc *.133.158.198 メールを送る
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