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Re: 他人に依存してしまう自分が嫌

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No.366023 Re: 他人に依存してしまう自分が嫌

自分の自立自律が問題です。
しかし、人生ではいつまでも余裕など有り得ない訳で、何歳になっても
どこか自分に不満足、自分に焦燥、自分に諦観、自分に夢の日々という感じ
が誰しも現実ではないでしょうか。
そのどれかがその時々でどういう優勢の段階か、
各自でそういう心中で過ごしながらも、僅かばかりの刹那の愛のかけひき
や談笑で自分の心を覆い隠す日々というのが人生というものです。

あたくしがこうして提示するのには、その逆を思うからなのです。
つまり、人生は為るようにしか為らないのであって、何かを先読みしては
自分を自制の縄で縛ることはしない方がいい。
風に吹かれてその日暮らしの不安定ばかりであっては、心は沈んでしまう
ので自分の安定への努力は予想以上にしなければなりませんが、
マイナスや自分の傾向を危ぶんで、自分の針路に盾も壁も立て掛けるのは
熟慮やマナーではなく、自分を委縮させて悲しみを自分で作っていること
になるのです。

恋愛も友情も、実は自分のありのままの姿を見せる勇気が要ります。
その勇気とは、失意に臆病であってはならず、自分だけが正しいという錯誤
を排して、いつでもどういう段階でも対話して相手の立場と境遇に添える
自分で歩む覚悟と同義なのです。
そのためには推察力と洞察力と思い遣りが要る。
その人の今と、その人のその言動が何を以て為されたかというイマジネー
ションが要るのです。
依存もしても悪くない、依存される気概も自分に課すのも必要、他者に愛
をあげる自分と他者からの愛を欲しいと受ける自分の両方のバランスで
歩むのが人生なのです。
自分が成したことに対して相手がどう在るかは相手の生き様によって違う
ので、どう転んでも自分の愛を後悔しない言動で生きることがあなたの
勇気=上記の覚悟=を生むことになるのです。
一人の散歩は自分の中の一方通行と堂々巡り。
二人の散歩は自分の感覚を越えた未知との併行。
その未知を歩むためには、他人からの迷惑を迷惑と思わず、あなたの中の
我儘をぶつけても許されるあなたの率先する愛の覚悟が要るのです。
受け留める覚悟と言い換えることもできる。

あなたは逃げて楽な孤独を選んでいる。
しかし、その楽には変わり映えの無い限界がいつでも在るのです。
その限界が寂しさを生むのです。
淋しくないための勇気を持つことが、自分の労を厭わない覚悟が人生の愛
の前提になることをあなたに告げておきます。
涙は自分のために流すものではありません。誰かの愛のために流すことが
「生きた(生きる)甲斐」ということなのです。
自分の中の被害者意識とそれを懼れる加害者意識を心から排して行きなさい。

真理之丞あなた (2015/09/05 Sat 04:07:10) pc *.230.151.44


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