
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
ナースというのは性別を意識させない機敏と気概が必要ですね。
そして、そのこととすぐに矛盾するようですが、
別な顔では、(従来から)女性性を求められることが多い職種なのでした。
つまり、そこには、カリスマ母性性が必要とされていたのです。
母なる大地という形容が在るように、
母の包み込む愛の深さ、強さ、それがナースの始まりでもあったのです。
強さは優しさを包含している。
優しいだけであることには、強さは求め得ない。
こうしたことから、ナースは二重の役割が必要とされていたのです。
ある時は無性の、時に男性のような毅然とか叱咤激励までできる役割、
そしてある時は、気弱と落ち込んだ人々が、懐に甘えたいような母への思慕
のような先の存在。
男性は看護師(むかしの看護婦さん)に清潔度転じた衣類をエロスで観て、
そこに色気を感じた訳ですが、そこにも実は、母への愛を求めるような
感情が隠れていて、その上でのエロスだったことが多かったのです。
この固定観念の上で、女性蔑視の逆視点から男性看護師も登場、次第に認識
されて、活躍するような現代になってきたように思うのですが、
男性の看護師でも広い意味でも母性は必要であり、
父性のような大きな慈愛を実現するときっとその存在がますます見直されて
必要とされるだろうとあたくしは思うのです。
エロスを超えて、その向こうに確実にある不変と普遍の愛、
これが看護師には必要なのです。
あたくしは愛は強くあらねば実現されないという定義者なのですが、
看護師こそは真に強い精神性で臨むべき職種であり、人物であらねばいけま
せん。強さの中には、孤独を超えることも、優しさも全部も含まれる。
母の愛の不滅は強さだからなのですね。
そして、それは父であってもいいし、女性男性問わないことでもいいのです。
一番重要なのは、どういう所作や操作や処置や動作が必要なのであれ、
強さでその人を護る愛を持とうと励むべきが看護師さんであって、医者の
高圧も、独善や軽視も、医者をサポートするべきが看護師なのではなくて、
患者や病んだ人々を自分の愛で支える、精神から治してみせるという強さで
接する人が看護師の理想像なのです。
あなた、
性や視られ方を考えるあなたであってはなりません。
自分の強さを胸に問うて歩みなさい。
弱い自分を意識するのであれば、強さとは何かを考えて歩みなさい。
あなたの精神が患者さんや病気の人々を快方に向かわせる力というものを
信じて歩みなさい。
人間としての自分を糺す。まさに性を超えて何をできる自分であるか、それ
があなたの道ということです。
真理之丞あなた (2016/01/07 Thu 02:02:15) pc *.230.169.100
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