
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
そういう年齢の孤愁はたぶん人生の節目なのです。
今のあなたを、自分を、受け容れて歩めるか、勝負どころです。
どういうことかと言えば、
「友人」の概念と具体的実態をあなたはリアルに考えていないし、
その寂しさも孤独感も、あなたは自分を棚上げにした必然のものであった筈
なのに、どこかに意気揚々とした充実と多忙の誇らしい理想郷があるとでも
思っている可能性があるのです。
44歳で自分をオヤジと言うのであれば、そのオヤジの中には、
物分りも、常識も、いっぱしの知見も入っていると思うのですが、
では、あなたが孤独でない自分の理想とはどういうものなのでしょうか。
御両親と共に行くと決めたのであれば、それなりに規制の中で自分を実現
させる計画性も実行力も要る。諦めねばならない部分も割り切って自分に
課して・それを無念や不快としない醍醐味としてくまでの発想の転換も要る。
そして、友人像も絵に描いた餅のようであってもいけない訳で、
誰だって自分で精一杯で忙しいし、伴侶パートナーも家庭も有る訳で、
あなたの孤独に誰かが自分から歩み寄り添うことなど滅多にはありません。
友達を欲しいと拘るのであれば、自分にどれほど譲歩が要るかも、
あなたの年齢では解っているべきなのです。
欲しいものを得るには、その達成の陰で涙も犠牲もあることは知っていなけ
ればなりません。あなたの犠牲とは何か。
そして、あなたが実は譲っていない怠慢も強情も有るのです、きっと。
いささか抽象的に述べてしまいましたが、
自分で提起したり、自分で遠慮を排して、その上で相手に喜んでもらえる迄
の努力をしなければ、あなたのバラ色の恋人生、穏やかな夫唱夫随のような
日々は来ないことを知りましょう。いいえ、わきまえましょう。
最後に、あなたは刻々と死への坂を歩んでいるのです。
両親の死・云々にかまけて、今のアラフォーの人生の季節を無為に悲観だけ
で暮れてゆくことはなりません。自分こそは愉しまなければいけません。
あなたの人生を生きてみてください。
そして、小さなちょっとしたことでも喜べる体質になりなさい。
大きな夢想に囚われて、他人の努力を見ようとも(想像しようとも)しない
で、どこかに桃源郷が在るなどと思うなかれ、です。
あなたの喜びは何か、あなたの日常で何ができるか。
そして、あなたは何を伝えられるのか、それを考えるべきであり、何よりも
あなた自身が「感動」を持たねばいけないのです。
それを伝えたい誰かにあなたは恥じも捨てなければいけないのです。
孤独は皆が同じもの。
あなたのアピールも度胸も不足しているかもしれないことを喚起させてもら
い、あたくしの言葉といたします。
他人を大事にすることは非常に難しいことですが、他人に囚われることなく
自分を見失わないことが先に在ってほしい。
そして、上記のように努力してみてください。涙するのはその後でいい。
真理
https://youtu.be/Hm5NmZbJSx4
https://youtu.be/VvCJirw-1CA
真理之丞茜涯郷 (2016/05/23 Mon 20:11:31) pc *.198.54.171
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