
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
眉目秀麗で、知力にも審美眼にも優れた研究者である若い友人は、バイリンガルの強みもあって度々海外にも出掛けているし、人種差別など言うまでもなく、性嗜好にも偏見を持たない人物なのです。
女性に惚れられ誘惑されるなど日常茶飯事らしいのですが、ある時研究上に有意義な存在である同性の研究仲間から『告白』されたのだそうです。彼はそれを『残念だった』と話したのです。
何故残念だと思うのかと尋ねると、同じ研究の方向性を持ち、そうした価値観で共に在ったと思っていたのに、性的な嗜好で自分と一緒にいることを望んでいたと知ってしまったから…と言うのです。もちろん、学友としての尊敬が成り立った交流だったに違いないのだろうけれど、性的な対象とされたことは受け入れられない衝撃だったようです。
もちろん、彼の真意を理解出来たわけでは更々ないのですが、それを聞いて、自分の性嗜好ばかりは決して悟られてはならないと、強く警戒するしかなかったのです。
ゲイであることは決して恥ではないし、私が努力なくして得ている芸術上の感性は、間違いなくゲイであることの利点なのです。告白により、死を選ばなければならなくなって失われた資質は、せっかくの頭脳を持って生まれ出でた彼にとって不幸この上なかっただけでなく、ある分野にとっても大きな損失だったのかもしれないのです。太平洋戦争末期、自ら特攻を選んで失われた資質のようにです。
世間からしての異端は、あくまでも異端なのです。彼は異端である事を認識し、ならばこその過ごし方というものを通さなければならなかった。努々都合の良い解釈など、異端に属さない者に押し付けてはならなかったと思うのです。
夜光虫 (2016/08/16 Tue 02:38:02) pc *.88.3.212
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