
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたっ。
あたくしのアリョーシャなの?
それとも違うアリョーハなの??
まぁいいわっ、あたくしのアリョーシャと思って回答しましょう。
この件では、譲歩やお悔やみ=罪人という図式になるのが問題なのです。
亡くなった彼が悪いことは一切ないにしても、亡くなった彼の告白の判断力が
どういうものだったのか、それを知る術が在るでしょうか。
彼のPCもチェックし、彼の思い・経緯・苦悩・失意を知ったらしい家族は、
我が子に何も罪がなく、開示してふれてまわった残酷を焦点に考える。
しかし、ゲイでない人間がまともに(ダイレクトに)告白されて、
その彼の思う異端を大切にして故人を見守り、これからもずっと彼の性の目線
を浴びながら当座進む同期の桜として、どう自分が在ればいいのか、
重くまとわりつく性の光線を無視して進むのに、彼もまた耐えられないという
気持ちを故人の家族は考えたのかをあたくしは確かめたいとも思った。
というのは、
その故人は彼に何を求めたのか、
どうして欲しかったのか、打ち解けた向学の同士でも肌は触れ合えない。
その学友にゲイの告白で何を求めたのか、それは実際は我々には解るだろう
けれど、ふつうのノンケさん始め一般の人々には全部を解らないかもしれない
とあたくしは思ったりました。
しかし、今のネット社会では、ゲイという男性が何を求めて・何をしたいか、
何が嬉しいかは、ちょっと検索すればリアル過ぎる動画まで、
衝撃を以て目の当たりにできることも事実なのであり、
わざわざ言いふらすことへの残酷はあっても、困ってしまう、重過ぎることも
また事実であったでしょう。
故人は自分を理解して欲しかっただけなのか、認めて黙って知っていて欲し
かっただけなのか、いや、まっすぐに告白したということなのです。
だとすると、告白されて、どうしてあげることもできず、
それでも、その彼=故人に普通よりは親しく親密で歩む道のりが待っている
(かもしれない)訳なのでした。
法曹界の世界が狭いどうのというくだりもあるので前途を悲観したともあり
ましたが、だとすれば、なおのこと故人は告白ということには慎重過ぎても
よかったのです。
その「はやまり」、恋に賭けようとした焦りをあたくしは少し理解できない
と思ったのですが、彼の胸中はもう藪の中。
あたくしが思ったのは、告白の際の自分の理解を求める言葉の不足のことで
した。何をどう多言でも意味が無いかもしれませんが、やはり自分を理解し
てもらう説明が足りていなかったのではあるまいか。
そして、求め過ぎてしまう・過重な雰囲気も感じさせる何かが在ったのやも
しれないと思うのです。
罪を多角的多方面から考えることこそ命題の法科学生もまた人の子であり、
医者が全員聖人君子でないのと同じこと、今回の件は、故人の
というのがあたくしの意見なのです。
彼が本気でMNJに相談してくれていたらどんなに良かったことでしょう。
好きでもない女性に四六時中顔を合わす生活の中で、その女性に告白されて
どういうバツの悪さが生じるか、好きを受け入れて何が待っているのか、
どうしてあげられるのか、大学と告白先の男子学生を断罪に走るのは、
却って自分の息子を心底考えてはいないことになるかもしれない。
無念の悲しみは解っても、世の中と社会の中の息子が、性の目線をも秘めて、
何をどうするべきだったのか、この件は客観的に考える必要があるのです。
その暴露彼はどうするべきだったのか、
100万円300万円の訴訟で、彼に何をしてもらえば満足なのか、好きと言われ、
それに乗れなくて泣いて詫びてくれるまですれば気が済む家族なのか、
非常に難しい問題です。
人間の在り方の理想(または基本)は、どこまでも自分を主体に物事を考え
ないことなのです。
アリョーシャ、あたくしは、むかし女性に告白されて非常に難儀したことを
思い出して、こんな風に考えてしまいまいしたの。
あたくしに言わせれば、信じるエゴイズムで求めることもまた罪なのです。
真理之丞盆花弔 (2016/08/16 Tue 10:21:13) pc *.230.187.66
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