クリックしてね!

アレクセイさんへメール送信

送信フォーム
[ クリア ]

Re^2: ゲイに告白されたノンケの気持ち・・・。

Subscribe to WebSlice

No.397370 Re^2: ゲイに告白されたノンケの気持ち・・・。

こんにちは、夜光虫さん。以前から、ときどきコメントをお見かけしていました。

夜光虫さんの友人、それほど優秀な、知力あり、立派な人でもノンケである以上、ゲイは受け入れられないということなんですね。

僕は人生とは、「世界に投げ込まれた自分が、どのようにふるまうか、生きるかを問われている場なのだ」、と最近思うようになって来ました。

僕にも好きなノンケ君がいます。ノンケ君を好きになる、その時ぼくは「なぜこれほど好きになる人がノンケなのか?あるいはなぜ自分はゲイなのか?」とずいぶん悩みました。それはそもそも世界とは何か?という疑問にも通じます。

世界は物質でできている、すべての粒子は物理法則にしたがって動いている、だとすると全ての運動の始りはビッグバンに遡ることになろう。世界のあらゆる事象と展開はビッグバンの瞬間には決定していたことになる。

してみると僕と彼との出会いは、はるかな宇宙の始まりから決まっていたのだ。彼がノンケで僕がゲイである、なぜこうなのだと言う不満を言うほうがおかしいのであって、こうでなければならなかったのだ、そしてそういう人を好きになる運命だったのだ、と思った時、なにか天の大きな意図のようなものがあるような気がしました。

なんとしても好きで、なんとしても越えがたい壁があるという事実。そのような壁があるということは、そしてどうしてもそれを超えたいと願う心があるなら、なにかそれを超えることを天が試練として課しているような気がしたのです。

その試練とは何か?どうやったら超えられるのか?あなたの友人で僕自身も尊敬している真理の丞ちゃまのコメントを読んでいた時、人としての誠実さ、まわりの人の幸せを願う心こそ、もっとも強力な架け橋になるのだと感じました。自分勝手に(見える)彼にそれを伝えたい、そう思った時、自分自身がまず、その徳を実現しなければいけないのだと感じるようになったのです。

天はそれを僕自身に伝えるために、このような試練を課されたのかもしれない。

実に、人生とは、投げ込まれた世界に対して自分自身がどのように生きるのか?どのように自分自身を磨いていくのかを問われる場であると感じています。夜光虫さんはゲイであることを通して、あるいはその苦しみの上に、芸術上の感性を身につけられたのですね。

この自殺しちゃった君は、告白しばらされた。そして死んでしまった。
そうであらねばならなかったのかもしれない。でも、もしかしたら彼はその壁をも乗り越えることこそが天に求められていたのかもしれない。それが、彼の人というものに課せられた試練だったのかもしれない。それでも、彼は死んでしまった。そして多くのヤフコメで「ゲイに好きだと言われたら気持ち悪い」とあった。

人間とは、理解し合えないものなのか?ゲイとノンケは同じ人間でありながらそれほど別の世界に生きなければいけないのだろうか?いや、決してそうではあるまい、それを乗り越えることこそが僕らに求められていることなのだ、だからこそ、好きになってしまうのだ。そして、それは好きになったゲイのほうから投げかけなければいけないのだとそう考えています。しかし、そう考えながらも、ひどく動揺してしまったのが今回の質問の理由なのです。

お返事ありがとう。今後も仲良くしてくださいね。

アレクセイ (2016/08/17 Wed 16:52:43) pc *.170.6.53 メールを送る