
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
ダラがイ・アリョーシャ‼‼
あなたのレスポンス、あなたの宇宙、あたくし、しかと心に刻みましたゎ。
このニュース、おやっ、と「通り一遍」読み流したのだけどれど、
あたくし、大学が訴えられた、ということと、
同時に、金額にも目が行ったのです。
それを今もリアルな正当性で理解はできていません。
そして、あたくし、実は回答を一旦寝かせて、この事件をもう一度読み直して
みましたの。そうしたら、自分の性癖の理解を求めただけではなく、
そのライン非道彼に好意を述べたと書いていた。
とどのつまりは、秘めた恋をハッキリと向けていた故人だったのです。
さすれば、あたくしの書いた意味は、
知っていて欲しい、無二の俺の君、という告白だったのではなく、
それを突き抜けて、裏切られたと言うまでに個人は好きなのだ、どうにかして
くれとも受け取れる告白をしていたのであろうと解ったのです。
どうにかしてくれ、というのはあたくしの脚色弁だけれど、
そのまま秘めた承諾をするか、嘘の抱擁をしたか、いずれ陰で故人を認めて
大事に思えば・ないし、大事にすれば、
故人はそのまま愛を要求する路線に入るかもしれないまであったと思うのです。
告白とは、そういうこと(そういうもの)であり、
陰ながら君が好きなんだ、と秘めて生きることとは別になる。
それすなわち、堪え性の無いエゴイズムと紙一重というのがあたくしの意見。
そして、ライン残酷彼は、聖人君子ではなかった。
気紛れに、苛立ったこともあったのかもしれない。
だから、故人がどういうスタンスでどういう述べ方をしたのか、そこが問題
だったというのがあたくしの意見。
掲示板よろしく、太鼓を叩いて鳴り物のように故人を吊し上げるラインでの
暴挙は息を呑む驚きと悲しみだった筈だけれど、
あのようにラインで晒す彼という人間・男を見抜かずに告白したのかどうか。
若さゆえの蒙昧と思いの迸る軽率だったかもしれませんが、
法科大学院生としてその訓練を日々している学生のすることではありません。
ゲイの盲点は、壊れそうなクリスタルの純粋とも無縁ではありません。
しかし、相手にどう思わせるのか、気紛れがどう破綻を興させるのか、故人
の身勝手と安直な信用の心があたくしには解せないのです。
人を信用するな、ということになるかもしれませんが、
それは違う。他人(ひと)を大切にするのが法曹界の基底にある筈なのに、
故人は自分を先に大事にして、他人を二の次に考えた訳なのです。
そのライン彼がゲイと思わせるそぶりでもあからさまなのであればまだしも。
気持ち悪いかどうかは生い立ち(価値観と)主観の問題なのであって、ゲイ
に告白されても嬉しいという自分の価値観は誰にもに求め得ないことが問題
であり、
あたくしは、その好意の先のライン彼だけに目を向けず、広い世界に漕ぎ出
て故人には本当の恋愛を体験してほしかった。
この問題は、向学の途上の閉じた世界の志の闇と井の中の蛙を思わない性急
つまり思い込みに原因があったのかなと思うのです。
そして、人生では他人を変えることはできない訳であり、自分を省察しなけ
れば自分を救えない。
だから、彼には本当の相談をしてほしかったのです。
ライン彼を信じるよりも先に。
アリョーシャの提起と宇宙観が冥途の彼に響き渡り、今度同じ苦しみを持つ
どこかの誰かに踏みとどまるという勇気すなわち、その後にこそ本気の性と
愛を実現できるように彼の魂が降臨してくれたらと祈るあたくしなのです。
なお、
故人が刹那の死に走ったのであっても、その成し方で彼が猶更異端者であった
ことを刻印することになると思いはしなかったのか、彼の刹那まであたくし
には解せませんでした。
それで彼はどうなるかも考えられなかったし、それだからこそ、両親は大学
を訴えてどうにかしてくれ(るべきだった)の構図を繰り返したとも
受け取れるのです。
大学のハラスメント対策室の無効性にも思い立っていない彼を痛ましいしか
ありません。組織の隠された指向性までも法科学生なら疑ってみて欲しい。
彼を理解して支えた人が現れていた筈の前途を、ラインの過酷はあっさりと
断ったのです。
ゲイに求められるのは悲しみを超える強さであるでしょう。
アレクセイ、あなたに告白する者の喜びを想像しております。
真理之丞あなた (2016/08/18 Thu 01:42:17) pc *.230.187.66
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